「グローバル・イノベーション 日本を変える3つの革命」 藤井清孝著

 ずいぶん前に買って以来、読む機会がなくそのままになっていたのですが、この週末でやっと読むことができました。文章が読みやすく、平易に書かれているので、一気に読める本です。

 本の内容は、「まさにその通り」という内容の連続で、一言一言にこめられた著者の思いがビシビシと伝わってきます。実際にグローバルなビジネスの現場でくやしい思いを繰り返してきた人だからこそ書ける内容だと思います。
 もちろんあらゆる業種の経営を経験してきた、すごい経歴を持つ著者だからこそ、発言に説得力が出ているというのも確かです。同じ内容でも学者の書いたものなら、斜めに読んでしまうかも知れません。

 著者は、日本がグローバル競争力を復活するために必要なイノベーションとして、
 「ビジネスモデル・イノベーション
 「ガバナンス・イノベーション
 「リーダーシップ・イノベーション
の3つを挙げています。


 一つ目の「ビジネスモデル・イノベーション」は、すでに様々な著書で書かれているとおり、今まで日本が強みを発揮していた「技術」や「ものづくり」「カイゼン」などの現場志向の取り組みによる「プロダクト・イノベーション」ではなく、大きな「ビジネスモデル」を構想、構築する取り組みが必要であるということです。
 これは妹尾堅一郎氏が書いていることとほぼ同じです。  http://d.hatena.ne.jp/santosh/20100704/1278261985
 日本の製造業が、90年代以降衰退した理由は何だったのか、反対にアップルやインテルなどの勝ち組み企業を成功に導いたのは何だったのか?ということについては、既にこれらの著作によって答えは明確にされていますし、現在ではこうした考えが、経営の世界での共通言語になっていると思います。


 続いて2つ目は、「ガバナンス・イノベーション」です。
 日本の戦後の成功モデルはすでに賞味期限が切れているにもかかわらず、それを自ら変革することができていない。時代に応じた新陳代謝を可能にするには、自国内・自社内に、ガバナンスの変化を可能にするシステムが必要になっている、とのことです。


 3つ目は、「リーダーシップ・イノベーション」です。
 日本は、当たり前のことがキチンとできる「オペレーショナルエクセレンス」の国。しかし、こうした現場の強さを企業や国家の競争力に転化することのできるリーダーがいない。日本の未来を創造するリーダーには、
・多様性からエネルギーを生み出す力
・全体観を持ち、問題自体を定義する力
・グローバルな仕組みの中で、日本の繁栄を図る力
の3つの力が必要である、とのことです。


 日本のものづくりや製造業がなぜ負けたのかという視点から、一つ目の「ビジネスモデル・イノベーション」についてはよく語られることが多いのですが、ガバナンスを変えることのできない閉塞した社会状況や、リーダーシップの欠落した状態も、確かに日本の本質的な課題であると思います。


 さらに面白い指摘は、ビジネスモデルで言われる「ブラックボックス化」と「オープン化」− つまり自社のすり合わせ技術による「ブラックボックス」部分を囲い込み、一方でそのインターフェースを「オープン化」することにより、市場を支配し、「ブラックスボックス」を大量販売するという仕組み − が、企業だけでなく、「国」にもそのままあてはまるということです。


 その国独自の文化や技術に根差したもの=「ブラックボックス」を、オープンな土俵で普及=グローバリゼーション、させ得たものが、そのブラックボックスを世界に広めることができる。一方で、この潮流に乗れないと、自国だけでこじんまりしたブラックボックスを楽しむだけで、世界の繁栄から取り残されていく。
 しかし、世界のオープンな土俵では容赦のない力が働いているため、本質的に優位性のない「ブラックボックス」では、見破られ、バラバラにされ、標準化に飲み込まれてしまう。つまり、グローバリゼーションを選択するということは、一方で繁栄のチャンスをもらえるが、一方で自分の真の付加価値を高めていく努力を余儀なくされるということである。
 日本は、独自の「ブラックボックス」の宝庫であるが、文化的・言語的なインターフェースが特殊なため、「オープン化」の流れに乗れず、その良さが世界に普及できていない。そのためには、明治維新で洋服に着替えたように、「英語」という道具を使うことが必要になる。


 これも非常に面白い指摘です。確かに日本という国が抱えている状況と、日本企業の状況は、まるで同じなのです。


 また、著者は、「ビジネスモデル・イノベーション」の一つの「ケース・スタディー」として、著者が社長を務めるベタープレイス社のビジネスモデルを紹介しています(もしかするとこの本の最大の目的は、この事業の紹介なのかも知れません)。
 ベタープレイス社は、「電池交換方式」というオープンなシステムを構築することにうよる電気自動車の大量普及を目指しています。ここでのキモは、電池とその制御ソフトウェアをブラックボックス化し、一方、車と電池の間のインターフェースをオープン化・標準化することによって、車体と電池に依存しないオープンなシステムが出来上がり、技術に優れた電池メーカーの電池が一気に普及するとういうシナリオです。

 このシナリオは確かにキレイなのですが、ここで感じたのは、電池とその制御プログラムをブラックボックス化するということが本当にできるのだろうか、ということです。電気自動車用の電池は、市場を支配すべく、各社が投資を集中して開発にシノギを削っています。その結果としてすべてが標準化の波に流されてしまうことはあっても、厳しい競争が行われている中で、自社のブラックボックスを囲い込みつつ、かつ業界を支配するということは、薄氷を踏むかのように困難なことだと思います。

 この事業は果たしてどうなっていくのか、今後の行方を見てまいりましょう。