デズモンド・シャム著「レッド・ルーレット」を読む
年末年始に読んだ本です。
著者は、僕と同じ68年に上海生まれ。出身の良くない家庭で苦労するも、家族は9歳の時に香港に移住し、大学はアメリカに留学。西側世界で育つ。その後帰国し中国で改革開放の動きが加速する中、香港・大陸で金融や投資関連のビジネスに従事。その中で、中国人のやり手ビジネスウーマンと知り合い結婚、中国と海外を良く知る強力なコンビで、北京空港に保税区を持つ物流センターを作ったり、北京市内の再開発プロジェクトなど、大きな案件を手掛け成功を収める。ただ、そのビジネスのやり方は、温家宝夫人など政府要人との関係をベースにしたものだったので、政治の動きに翻弄され、妻は当局に拘束され失踪する。。。
著者は、今は妻と離婚しイギリス在住のため、自由な立場から当時のビジネスの状況を生々しく語ってくれています。
90年〜2000年代はちょうど僕もどっぷり中国の仕事をしていた時代ですので、ここに書かれている当時の中国の状況には馴染みがあります。その中で、当時の中国の関係者はどういう考え方を持っていて、実際には何が起きていたのか、ということを垣間見ることができ、とても興味深く読みました。
僕が知っている中国社会は、92年〜05年くらいまでなのですが、当時社会主義から資本主義への社会の転換期において起きていたことは、今の人には想像も難しいのだろうなと思います。先日、当時のことを説明する機会があったのですが、聞いている人は皆ピンときていない感じでした。特に当時まだ残っていた社会主義のシステム(戸籍や生活全てに纏わる分配制度、その背景にある「計画」の重要性、など)については、その世界で過ごしてみないと、いくら話を聞いても実感として理解しにくいものだと思います。すでに北朝鮮以外、世界から社会主義の社会がほぼなくなってしまった今、社会主義の壮大な実験は、世界の人々の記憶から消えて行くものなのかも知れません。

「進撃のドンキ」酒井大輔著 を読む
夏休みに読んだ本です。
ドンキホーテと言えば、バッタものを売っている怪しいディスカウント店という昔の印象しかなかったのですが、いつのまにやらすでに流通業界では第3位の規模、二兆円を超える売り上げ、と聞いて驚き。いったい全体何が起きているのだろうと思いこの本を読んだのですが、なるほど読めば納得、そこには独自の経営がありました。
高度成長期の小売業といえば、ダイエーなどの大手スーパーに代表されるように、マス顧客をターゲットに、定番品を効率よく大量に販売することによって価格競争力をつけることが勝ちパターンでしたし、そのために、本部のコントロールによる標準的なオペレーションを行う店をチェーン化し、規模を拡大することが善とされていました。こうしたビジネスモデルはアメリカから輸入されてきたものでした。
それに対して、コンビニのセブンイレブンは、本部コントロールによるオペレーションのベースに、各個店レベルでの現場の判断に基づいた販売予測を組み合わせるという、独自の小売業のモデルを構築してきました。現場のワーカーが自ら考え、仮説検証を繰り返し学んでいくと言うのは、日本の製造業で成功した「改善」のモデルであり、日本の社会・文化に相性が良いスタイルだったと思います。しかし、販売予測は店レベルとは言うものの、取り扱う商品の品揃え(SKU)は本部で決められていますし、店のオペレーションも本部による徹底したコントロールがなされ、各店の裁量範囲は極めて限定されています。基本は、アメリカで生まれたチェーン店のモデルの進化系だと思います。
それに対して、ドンキホーテのモデルは正反対。チェーン店でありながらも、オペレーションだけでなく、品揃え、仕入れ・販売・在庫の管理まで、各個店の現場に任されています。しかも、そこで判断をするのは、店長や社員ではなく、なんと「メイト」と呼ばれるアルバイト。時給数百円で雇われた若いアルバイトたちに現場を任せ、彼らが、自分の創意工夫で店をオペレーションをすることが経営の基本になっています。果たしてそんなことが可能なのか、と思われるかもしれませんが、この本を読むと、そこにはさまざまな思想や仕掛けがあることがわかります。書き出すとキリがないのですが、いくつか気に止まったキーワードをメモしておきます。
「顧客親和性」 店作りには、想定顧客にもっとも近い店員が関わるべきという考え方。店員がZ世代だからこそ、Z世代のトレンドが手に取るようにわかる。
「みんなの75点より、誰かの120点を目指します」 万人受けばかりを考えた商品で失敗を繰り返してきたことを反省し、好きな人は絶対好き!という偏愛商品だけを届ける。
「効率だけを追い求めたら面白い買い場は表現できない。無駄なものも必要なんです。効率優先でいろんなものを削ってしまったなれの果てが、今のGMS業界。」
「ドンキの強さは外から見たらわからないところにあると思いますよ。すごく真面目に愚直に頑張ってくれるメイトさんと言う存在が外から見えないですよね。」
「この会社の業績は従業員の知恵の総和で成り立っています」
小売業だけにとどまらず、今の日本では、顧客の変化に高度成長期に成功したビジネスモデルが対応できなくなっている状況が各業界で見られます。基本的な需要が満たされることによって、顧客の需要は多様化し、かつてのようなマスセグメントが減少、分散したセグメントの集合になっています。小売業でいうと、マス顧客を対象に定番商品を効率よく安く届けるモデルでは市場の一部しかカバーできなくなっている。ドンキホーテのビジネスモデルは、マスセグメントを対象にしたビジネスモデルを真っ向から否定し、分散した需要にフレキシブルに商品を当てていくビジネスモデルになっています。品揃えを定番に絞り込まない商品政策、現場のアルバイトが仕入れや展示の判断をするオペレーション、こうした今までの価値観では非効率なやり方が、このビジネスモデルを成り立たせる重要な要素になっています。これは、創業者が初めから意図したものではないでしょう。日々の商売に取り組んでいる間に、自然にできあがったモデルが、いま見れば時代に最適な形になっていた、ということだと思います。ドンキホーテの成長の大きな理由はこの顧客の変化に適合したことが大きいのではないかと思います(この本では、このポイントには明確には触れられていないのですが)
これ以外にも、「経営理念」も重要な要素なのですが、ここまで語り出すとキリがないので、ここで止めておきます。
蛇足ですが、実は僕はドンキホーテで買い物をしたいとは全く思いません。ターゲット顧客が万人向けではなく、明確になっていると言うことなのでしょうね。

「会社を変えるということ」福士博司著 を読む
著者の福士氏は、味の素で副社長として改革を実行、業績と株価を大きく上昇させた方だそうです。
何度も強調されているのは、人財を活かすために「夢」を持ち共有すること、それを実現するための企業文化や企業風土を「変革」すること。
こういうとまた人事的な風土改革の話か、と思われそうですが、実際にはそれを実現するための様々な具体的な仕掛けが多方面にわたり、ご自身の経験に基づいて語られています。
特にある程度歴史があり規模の大きな日本企業で仕事をしていると、組織の風土や力学の変革の難しさと言うのは日々実感していることですので、共感できる内容が多いです。早速明日から実行してみよう、と思う内容もいくつかありました。
本書で挙げられている味の素の当時の課題の多くは、まさにいま私が働いている会社でも起きていることそのままです。高度成長期にはうまく機能した経営スタイルが、その後の社会変化に適合しなくなる、しかし会社があまりに過去のスタイルに最適化しているために自己変革できない。。。こういう状況は多くの日本企業に共通する課題のように見えます。
こうした状況を外部からの力で一気に改革したのが一時脚光を浴びた日産でしたが、外圧による改革は残念ながら継続性が難しかったようです。一方で最近では、富士フィルムや、ソニー、日立、また最近よく紹介されている日本製鋼のように、歴史のある会社でありながら、大きな変革を内部から起こし高収益企業へ転換している例が多く出てきました。味の素もそういう企業の一つとして 挙げられるのでしょう。日本を代表する食品メーカー(最近では半導体材料が業績を引き上げているようですが)として、食品業界でも日本発の企業が独自のアプローチで世界で活躍されることを期待しています。

「ユニクロ」杉本貴司著 を読む
ユニクロ創業者の柳井正氏を主人公に、彼の青年時代から今日に至るまで、試行錯誤を繰り返しながらユニクロを成長させてきたストーリーの全体像を追っている本です。
今まで雑誌記事や書籍などで断片的に入ってきていた情報が、やっと一つの大きなストーリーにつながった感じがしました。
僕はかねてからユニクロの特徴は、アパレルの世界に「家電型」のビジネスモデルを持ち込んだことだと考えています。
家電型のビジネスモデルとは、かつてのTVやビデオのビジネスに代表されるように、技術革新をベースに機能価値で差別化された、マス顧客をターゲットにした最大公約数的な需要を満たす商品を大量に生産・販売、規模の経済でいち早くコストを下げ素早く売り切る、という規模とスピードが価値の源泉となるビジネスです。
一方でアパレルの世界は、特定層の顧客をターゲットに、感性価値で差別化された嗜好性の高い商材を高価格で少量販売する、という家電型とはほぼ真逆なビジネスを志向していると思います。
ユニクロは、こうしたアパレルの世界に、ほぼそれとは真逆の家電型ビジネスを当てはめたことによって、独自のビジネスモデルを構築したのだと思います。
東レと組んで、フリースや、ヒートテック、エアリズムといった新技術ベースの機能価値を前面に押し出した商品を連打していたころ、これはまさに、3D、Curved、LED。。。と毎年のように新技術特長を訴求していた昔のTV業界と同じだよな、と思っていました。
もともとこの家電型ビジネスは、家電業界だけにとどまらず、住宅、キッチン、自動車など、日本の他の多くの産業でも同様のスタイルが見られるビジネスモデルです。経済が成長し、顧客の需要が似通っている社会に最適化したモデルであり、一昔前の日本企業や日本のビジネスパーソンの得意とするところでもあります。
よって、ユニクロが、この日本企業・日本のビジネスパーソンと相性の良いビジネスモデルを自社のビジネスに取り入れたことは、強みやケイパビリティを活かす、という点で自然な方向であり、また欧米企業とは異なる独自のポジショニングを創る上でも有効だったと思います。
しかし、ユニクロの機能価値をベースにした衣類は、主に下着やポロシャツ、ジーンズといった定番商品中心であり、嗜好性の高い領域はビジネスモデル上、強みを発揮できず、本来収益性を上げやすいこうした分野にビジネスを展開しにくいというジレンマがあると思います。機能価値や「利便性」「価格」に基づいた競争力は、家電業界ですでに経験してしているように、規模とスピードに勝る中国メーカーに一気に置き換えられてしまうリスクが大いにあります。この課題をユニクロはどう解決していくのでしょうか。中国やインドから勃興して来るであろう競合を、ビジネスモデルを進化させ研ぎ澄ませることで、ぶらすことなく真っ向勝負で退けていくのか。あるいは、機能価値をベースにマス需要をターゲットにしながらも、そこに独自のブランド価値や意味的価値を付加していくという、未だかつて例がないような方向性にチャレンジしていくのか。ユニクロの挑戦には目が離せません。

「ロシアトヨタ戦記」西谷公明著 を読む
この本、以前から気になっていたのですが、先日家にたまった本をブックオフに売りに行った際、中古本が売られているのを発見して買ってきました。ずっと積読になっていましたが、この三連休でやっと読んだ次第。
ビジネスの経験談の本は、たいてい自慢話か無味乾燥な事実の羅列になってしまうことが多いのですが、この本は極めて抒情的なトーンの中で、ロシアの文化や社会などへの考察も交えながら、また奥田会長との個人的なエピソードなども挿入しながら、ビジネスの体験談が語られるという不思議な雰囲気を持った本です。
著者は、もともと長銀のエコノミストで、ウクライナ大使館付き調査員からトヨタに転職し、ロシアのトヨタ販社の社長を2004年から09年まで5年間勤められた方です。叩き上げのビジネスマンではない、ということがこうした独自のトーンを生み出しているのかも知れません。
ロシアというまだまだまだ社会のルールやモラルも整っていない不条理で荒々しい未成熟社会の中で、コンプライアンスを通しながら、その国の流儀の中で会社を経営するということの難しさは並大抵でないでしょう。著者はその中での苦労を失敗例も交えて率直に語ってくれており、好感が持てます。
税務監査で言いがかりをつけられ、多額な追徴金を請求されそうになったり(通常は賄賂を渡して解決)、社屋の建設には調整役をかましたさまざまな調整が必要だったり、日々問題が起こる通関・物流の難しさ、さらに最終的には、リーマンショックと原油価格の下落で自動車の需要が急激に落ち込み、発注のコントロールが遅れ巨大な在庫を抱えることになったことまで、ビジネスをしていれば良くありがちな話が実体験で語られています。
そうした厳しいビジネスの現実の中にあっても、著者の視点は常にロシアの社会・人々を、たとえ簡単には理解することはできなくとも、そのまま受け入れようとしています。こうしたビジネスと人文の接点は僕自身が日々考えていることでもありますので、ふむふむと面白く読ませていただきました。
この本が出版されたのは21年末ですが、その後、トヨタのロシア事業は、22年9月に生産・販売を中止しています。著者を始め多くの人が積み上げてきた努力が一瞬に吹き飛んでしまっています。ロシア社会は、まだまだ荒々しく未成熟な状態が続くのでしょうか。

中国映画「B for busy (愛情神話)」を観た
先日飛行機の中で何気なく観た中国映画「B for busy (愛情神話)」。
中国の映画って昔の硬いイメージがあり敬遠していたのですが、今はこんなに自然体で「普通」な映画が作られているんだ、ということに驚き。
上海の中心部(昔のフランス租界エリアですね)に住む40-50代の中年男女(バツイチ中心)の日常を舞台にしているのですが、ドラマティックなストーリーというより、昔ながらの上海の街の生活、その中で起きる何気ない日々の出来事が淡々と続いていく感じで、力の抜けた感じが心地良いです。
セリフは殆どが上海語。掛け合い漫才のような会話が続きますし、それを英語の字幕で追いかけないといけないので疲れますが(多分英語字幕では上海語のジョークにはついていけていない)、主人公が息子と話をするシーンはなぜか普通語でした。息子の彼女は北方人なのでそこに合わせている場合についてはわかるのですが、親子二人の時の会話も普通語。上海人の親子なのに一体これはどういうことなのか背景がわからず。
当たり前すぎて意識してなかったのですが、映画で見ると、上海人って完璧な「バイリンガル」なんだよということに改めて気づきました。
中国の文化や社会って非常に多様性と包容性があって、日本とは違ってみな生まれながらにして多文化に馴染んでいる、ということがなかなか日本の人には理解してもらえないのですが、「皆が当たり前にバイリンガルである」ということは、中国(特に南方)の多文化性を象徴的する事例だな、と思った次第です。
ピエール=イヴ・ドンゼ著 「ラグジュアリー産業」を読む
最近読んだ本。「ラグジュアリー産業」。

日本では自動車や家電業界についての分析は多いものの、「ラグジュアリー」という業界がハイライトされることは少ないと思います。
この本を読んで、フランスにおけるコングロマリット企業の急成長や、地域別のビジネスの特徴など、ラグジュアリーブランドのビジネスの全体像を初めて知ることができました。
僕としては、ビジネスの近さという点で、チラッと出てくるフォルクスワーゲングループにおけるアウディの例など「工業グループ」の動きに興味を持ちました。
家電業界は、今までTVのビジネスが典型だったように、技術革新や性能の向上をベースに、いち早く商品を開発し、それをマス顧客をターゲットに早く大量に売り切るという、「規模の経済」と「スピード」が価値の源泉となる高度成長期時代の大量生産・大量消費・大量廃棄ビジネスに最適化してきたのですが、主要市場ではすでにそのビジネスモデルはかつてのような価値を失っており、多くのプレーヤーは次のビジネスモデルを模索し、試行錯誤をしています。
このラグジュアリー産業における価値のつくり方はビジネスモデルの変革において大きな示唆を含んでいると思います。
ラグジュアリー産業においては欧州の生活様式・文化をベースにした欧州ブランドが圧倒的な優位性を持っていますが、この世界で果たして日本のブランドが存在感を出し、ビジネスを確立することができ得るのか。これは残りのビジネス人生で是非挑戦したいテーマだな、と思っている今日この頃です。