日経ビジネス2010.1.4号特集 「世界でポジションを取れ」 ポーター教授×柳井社長対談

 日経ビジネスの新年号の対談記事で、ユニクロの柳井社長と、マイケル・ポーター教授の対談が出ていました。

 ユニクロに関する記事は、年中マスコミをにぎわしているのですが、この記事を読んで感じたのは、ずいぶんと戦略がキレイに整理されてきたな、ということです。
 今までユニクロの成功事例は何度も紹介されてきましたが、そこで紹介されてきた内容は、私にとって、どうしてそれが持続的な競争力のキモになるのか、いまいち腑に落ちないものでした。
 SPAのモデルというのは、ユニクロでなくとも出来るでしょうし、低価格での大量販売といっても、結局フリースで一発あてただけじゃないの?、これ以上規模を大きくしようとすると同じ服を着る人がたくさん出てくるので、みんなインナーや靴下しか買いに行かない店になっちゃうのじゃないの?と感じていたわけです。

 私が’03〜’04年頃に上海に住んでいたときも、自宅マンションのある建物の1階にユニクロが出店していました。日本人である私にとっては、しっかりとした品質・デザインの定番アイテムが手ごろな価格で手に入るということで重宝していたのですが、残念ながらあえなく閉店してしまいました。地元の人からすると、価格が安くも無いのに、オシャレを自慢することもできない、ステイタス感もない、ということで、非常に中途半端な位置づけのお店になっていたのです。
 
 そんなわけで、この数年のユニクロは、いろいろ各方面の人材を集め、試行錯誤しながら、次の成長戦略を模索しているのだろうな、と思っていました。
 ところが、最近のユニクロは、この冬もヒートテックが大ヒットしているし、ジルサンダーと組んだりなど品揃えも次々と展開してきているし、NYに続いてロンドンやパリでも派手に商売広げたりと、どうだこれでもか、と押してきている感じです。何かふっきれたような印象もあります。この記事にも、その鼻息の荒さと自信が満ち溢れているように感じました。

 印象的なのは、右の図です。

 H&Mやザラなどの成功しているアパレル企業は、多くのアイテムをどんどんすばやく市場に投入することによって、小さなセグメントの積み重ねでボリュームを稼ぐという、非効率なビジネスになっている。一方、ユニクロが狙うのは、世界のすべての層をターゲットにしてボリュームを稼ぐ。それを実現する差別化は、「価格」と「技術」だと言うわけです。

 「ポーターの基本戦略」なら、既存のアパレル企業が、ターゲットを絞った「集中」で勝負しようとしているのに対して、ユニクロはマスマーケットをターゲットに、価格や技術による「差別化」の路線を目指そうとしているということのようです。さらにはそこで得たボリュームによって業界一の低コストを実現し、差別化としての「低価格戦略」から、「コストリーダーシップ」への転換を狙っていくのでしょう。

 この図を見ると、実にシンプルで、戦略が人目で理解できます。しかも、アパレルという業界で「技術」を差異化の中心に捉えるというアイデアは、オリジナリティーに満ちています。今まで成功してきた日本の自動車やハイテク企業が技術を売り物にしてきたことから、日本から出てくる企業が技術をうたうことは説得力がありそうです。
イタリアやスペインの企業ではこの説得力はでないでしょう。反対に、こうした「機能的」な切り口でないと、きわめて「感性的」な欧州のアパレルマーケットでは、アジアの新参ブランドはポジショニングが困難と言う事情もあるはずです。ブルーオーシャン戦略でも紹介されている、「機能志向と感性志向を使い分ける」という手ですね。

 この4つの象限に分けられた表を見ただけでわくわくします。切れ味のよい戦略というのは、シンプルな表だけで、人をわくわくさせられるものだと思っているのですが、これはまさにその良い例だと思います。



 ただし、ここでいくつか疑問に出てくる点があります。戦略がキレイすぎて、切れ味はよいのだが、どこか違和感も感じる、という感じです。


1.基本は小売業であるユニクロが「技術」を売り物にできるのか?
 
 ユニクロは自社内で技術を開発しているわけではないので、外部から使えそうな技術ネタを探して、商品企画・マーケティング・販売するところに付加価値をつけることになります。技術ネタが外からどんどん見つかればよいのですが、実際には成功例の影には商品化できずボツになるネタも累々と出てくるわけで、それだけの数のネタが果たして今後も継続的に存在しうるのか。
 しかも他社も同様の動きを狙ってきた場合、ユニクロがアパレル業界で「技術イノベーション」を起こす上で、他社にはない強みを何か持っているのか?(例えば、多くの研究者を抱えている、仕組みやプロセスがある、積み重ねた風土がある。。など)。ユニクロの技術イノベーションづくりは、外部のリソース活用が前提になっていると思いますが、ユニクロが活用できる外部のリソースは、基本的に競合他社にもオープンなわけです。
 商品企画とマーケティング面だけならば、よそのアパレルとの差別化にはなりません。恐らく、「技術ネタ」と「マーケット」とをどううまく結び付けるか、というその一点での勝負になってくるのでしょうが、その優位性は非常に不安定なものに思えます。
 ノリとしては、企業内で研究開発を行いそれを差別化の源泉とすることの多い家電や自動車業界より、オープンなネットワークで事業が行われているIT業界に近いイメージなのでしょう。
 もしかすると、「技術ネタ」をSPAのビジネスにのせてお客様に大量販売するという、一つの「プラットフォーム」を作り上げ、その運用で収益を上げる、という一種の「プラットフォームビジネス」がユニクロの狙いなのかも知れません。


2.衣類にとっての「技術」って、ほんとうにお客様にとって、価値になりうるのか?

 ヒートテックのようなネタは今後も続々と出てくるのか? ヒートテックは、外から見えない下着だから、みな同じものを買っているわけです。一目で他人からわかってしまうアウターなら話は違うでしょう。
 私の場合、ふつう靴下や下着のシャツ・パンツなど、こだわりのない機能性第一の定番アイテムを買う場合は、ユニクロが御用達です。ですが、ちょっと恰好つけたいカジュアルなジャケットやシャツなら、ZARAをあたります。これがスーツなら、ポールスミスになる。このように、私にとって、こだわりのレベルによってどのお店で買うかは、はっきりわかれています。
 このままではユニクロは、グローバルな「下着・部屋着専門店」というポジションになります。それはそれで切れ味がいいと思いのですが、新興国市場を狙うという方向性にはあわないと思います。新興国の人たちは、外から見えないものにはお金を使わないと思いますので。
 根本的に、衣類に「機能性」という切り口がなりたつのかという問題にもなるのでしょう。今年の冬にプロモートしている低価格の人工皮革アイテムの売れ行きが、その行方を占うキーになるのかも知れません。


3.もともと日本の会社なのに、グローバルで急速に展開できるような組織に進化できるのか?

 グローバルで急速にビジネスを展開するには、今ユニクロがとりかかろうとしている、日本の社員が海外で働くこと、は第一歩ですが、それでは先が長すぎます。グローバルに集めた人材をそのまま組織に取り込める、世界の誰もをメンバーとして組み込むことができる仕組み・プロセス・風土が必要だと思います。
 私は、日本型の会社組織と仕事の進め方は、日本の文化と不可分のものであり、欧米・中国・インドのそれと根本的に異なり、彼らとの相性は悪いのではないか、と思っています(この件を語りだすと非常に長くなるのですが)。日本最適な組織を作ってしまうと、グローバルではワークしない。それを無理やり動かそうとすると、無理とひずみが生じる。この課題をどう解決していくのかも、気になる点です。


 いずれにせよ、今ユニクロは、日本中から、いやおそらく世界中から、ブラックホールのように人材をひきつけて、躍動しているようです。戦略やオペレーションのプロにとってユニクロは、高度成長期の日本がそうであったような、わくわくする舞台になっているのでしょう。
 今あげたような思いつきの課題は、当然、その専門家達が、激論を交わし、答えを準備し、忙しくその実行に向け働いているのでしょう。
 さあ、彼らの冒険の行方を見てみましょう。