経済産業省「産業構造ビジョン」に、あらためていたく感心する

 昨日の続きです。
 今日、あらためて、経産省のウェブサイトからPDFのレポートをダウンロードして、読み始めてみました。内容は実に率直で、現状を冷徹にとらえています。ボリュームが多いので、まだ後半部分までは読めていませんが、前半を見る限り、課題認識と、どこに手をうっていくべきか、という観点は非常に的確だと感じます。
 一部では、「法人税引き下げ」だけがクローズアップされ、税金下げただけで問題解決になるのか、などのコメントもされていますが、そのようなコメントをされた方は、果たして内容を読んだのでしょうか。
 以下、さわりの部分を引用します。


 今回の検討を通じて、日本経済産業の行き詰まりは一過性のものではなく、以下の3つの構造的な要因が存在していると分析した。
1.「産業構造全体」の問題
2.企業の「ビジネスモデル」の問題
3.一企業ではどうしようもない、国の「ビジネスインフラ」の問題
これらの構造的問題を克服するためには、単なる「対症療法」ではなく、政府と企業が持ちうるすべての叡智を結集する必要がある。

現在の我が国経済産業の深刻な行き詰まりを直視すると、政府・民間を通じた「四つの転換」が必要である。


■ 第一に産業構造の転換である。
従来の自動車依存の「一本足打法」から、多様な「八ヶ岳構造」へ。
付加価値獲得の源泉を、従来の「高品質・単品売り」から「システム売り」「文化付加価値型」へ。
そして、「従来の成長制約要因」であった、環境・エネルギーや少子高齢化を、「課題解決型産業へ」。

このため、今後は戦略五分野として、
1.インフラ関連/システム輸出(水、原子力、鉄道等)、
2.環境・エネルギー課題解決産業(スマートコミュニティ、次世代自動車等)、
3.文化産業(ファッション、コンテンツ、食、観光等)、
4.医療・介護・健康・子育てサービス、
5.先端分野(ロボット等)の強化、 による成長の牽引を提言している。

⇒実にもっともな内容です。しかし、企業にとっては、「単品売り」から「システム売り」「文化付加価値型」へ、と言われても、そう簡単には変わることはできません。多くの日本企業におけるビジネスのプロセスや企業風土は、「単品売り」にもっとも適した形に進化しています。これを無理に「システム売り」や「文化付加価値型」に変えようとすると、もともとの強みも失ってしまい、企業が空中分解してしまいかねないというジレンマを抱えています。
 「課題解決型産業」と言っても、愚直に技術を追求し、モノをつくることに価値を置いてきた人たちが、突然自由な発想で、あちこちのネタを組み合わせて白紙にビジネスの絵をかくというのは、言葉以上に困難です。これは発想やスキルの問題ではなく、「遺伝子」の問題なのです。過去を見れば、IBMのようにビジネスモデルを大きく転換させた成功事例があることは確かなのですが。
 また、上記の戦略分野に対しては、すでに米国や韓国は国レベルでの重点投資を前から行っています。果たして日本に今から有効な手が打てるのか。「時間」が価値を生む業界で、米国や韓国のような素早い(時には拙速すぎるほど大胆で無謀な)アクションが打てるのか。これも日本という社会の、確実に物事を進めるやり方においては、構造的な難しさを抱えています。


■ 第二に、企業のビジネスモデル転換の支援である。従来の日本のモデルは、デジタル技術の普及と成長市場の新興国への移行に伴い、「技術で勝っても、事業で負ける」パターンに陥るようになった。「技術で勝って、事業でも勝つ」ビジネスモデルに転換しなければならない。

1.従来の「垂直統合・自前主義で高度擦り合わせ」モデルを、モジュール化分業モデルに対応させる必要がある。このため、企業側は「どの基幹技術をブラックボックスにし、どの部分をオープンにして国際標準化を目指すか」の事業戦略を構築しなければならない。政府は、企業側の事業戦略と一体となって国際標準化政策を進めるべきである。

2.以前は、多数の国内企業による「切磋琢磨モデル」が、日本の産業の活力の源泉であった。しかし、世界の競争の鍵が「投資の規模とスピード」に移行するとともに、変革を迫られている。企業はグローバル市場を見据えた「選択と集中」を断行し、政府は産業再編・棲み分けの動きを支援しなければならない。

⇒課題意識は、まさにそのとおりです。妹尾氏の著書でも書かれていた内容ですが、やっと課題が整理・共有されてきたように思えます。ただこのために、政府に何かできるのは微妙なところです。新技術の国際標準をつくるために、果たして政府が動くことができるのでしょうか?それよりも、そんなことができる人材がまず日本のどこかにいるのでしょうか?
 この分野は、企業のビジネスモデルに関する内容であり、政府の下手な介入は企業の自由な活動を制限する結果にもつながりかねないのが難しいところでしょう。


■ 第三に、「グローバル化」と「国内雇用維持」の二者択一の発想からの脱却である。成長市場が、我が国を含む先進国から新興国に移行する中で、一人日本だけがグローバル化に背を向けても、じり貧を待つのみである。他方、グローバル化の中でも、国内で付加価値を生み、雇用を創出するためには、我が国の「立地の国際競争力」を高めるしか途はない。「企業と労働者とどちらを支援するか」という議論は、全く無意味である。こうした国内の分配の論理に眼を奪われていては、グローバル化が不可避な中で、日本から付加価値と良質な雇用が喪失するのみである。
 このためには、国際水準を目指した法人税改革や物流インフラ強化を実現しなければならない。さらに、海外から高付加価値機能を呼び込み、グローバル高度人材を育成・呼び込み、「強い現場」の国内投資や人材育成を行い、中小企業の海外市場開拓を国を挙げて支援していく必要がある。

法人税引き下げは、この文脈から出てきているわけですね。この分野では政府の取り組みが重要ですので、大いに期待したいところです。


■ 第四に、政府の役割の転換である。世界では、「企業が国を選ぶ」時代がいよいよ本格化し、国家間の付加価値獲得競争は熾烈なものとなってきている。世界の成長分野が環境・エネルギー分野のような社会課題解決型産業にシフトしていることから、政府の新たな役割が拡大せざるを得なくなるとともに、国家資本主義国や社会主義市場経済国が台頭し、各国政府は、戦略分野の支援、誘致、売り込み合戦に邁進し始めている。こうした世界の動きの中で、日本は、世界の競争のゲームの変化に遅れてしまった。「市場機能を最大限活かした、新たな官民連携」を構築しなければならない。
今後、日本経済の行き詰まりを打開し、再び日本経済を成長軌道に載せていくためには、国と企業の壁、省庁の壁、国と地方の壁を越えて、グローバル大競争時代に打ち勝つ戦略の構築と実施が不可欠である。

⇒少しイメージがわきにくいのですが、つまり、国がより主体的にアクションを起こしていこうということでしょう。

 ここで書かれている課題認識の多くは、多くの学者や企業人も認識していることを素直にまとめているものです。ポイントは、これら対策を「実行」できるのかにかかっています。
 1年後・2年後に失望することのないよう、日本の将来に絶望しないですむよう、確実に提言が実行されていくこと期待します。