「国家の命運」 藪中三十二著 を読む

 
 正月休みに読んだ本がもう1冊あったのを忘れていました。薄い新書なので、北海道から関西へ戻ってくる道中で読んでしまいました。

 著者の薮中氏は、先日まで外務事務次官を勤めていましたので、テレビではよく顔を見かけていました。
 この本では、80年代の日米通商交渉や、北朝鮮との交渉など、外交官としての自身の幅広い経験談をベースに、外交交渉の現場で起きていることや、外交交渉でのポイント、そこから進んで日本の進むべき道の方向性についてまで幅広く語っています。
 断片的なニュースの報道を通じてでは何をやっているのかなかなか見えにくい「外交」というものを、新書という読みやすい形で、包括的にわかりやすく紹介したという点では成功している本だと思います。

 
 しかしながら、まだ退官されたばかりということもあり、「公人」としての立場があるためか、その主張はきわめて「外交官的」であり、優等生的です。
 本の序文や最後には、著者の日本の閉塞した現状に対する強い危惧や、何かをやらねばならないという思いが述べられています。また序文では、そのために「私なりの処方箋を示したい」とまで書かれています。ですが、残念ながら、本文を読んでもそのための具体的提案はどこに書かれているのか見つかりませんでした。
 外交官という国を代表する立場で仕事をしてきた人だからこそ見える独自の視野から、「これで勝負すべきだ」という具体的な施策と、それを実現するための方策を打ち出すことこそが「処方箋」だと思うのですが、著者の言う「処方箋」は、「運動して体質改善しましょう」程度の、効きもしなければ副作用もないようなものであるようです。

 外交官という仕事はきわめて複雑に入り組んだ自国・他国の関係者の利害関係を、細心の注意を払いながら粘り強く調整し続ける仕事であり、恐ろしいほどの精神力と体力を要する仕事だと思います。しかし、その仕事はあくまでも「調整者」であり、自らビジョンを描き、具体的施策に落とし込み、その進捗をグリグリ追求して、数字の結果が出てナンボ、というビジネスの世界とは違いがあるのかも知れません。


 同じような退官された外交官の方の本であれば、こちらの東郷和彦氏の本の方がもう少し建設的かと思いました。(東郷氏はゴタゴタで外務省を実質的にクビになっていますので、発言の影響を気にする必要がないのかも知れませんが)↓
 http://d.hatena.ne.jp/santosh/20100814/1281808398 

 まだ現役で活躍される外交官ですが、道上尚史氏の本は処方箋がさらに具体的になってきます。特に「日本外交官、韓国奮闘記」は必読の本です。↓
 http://d.hatena.ne.jp/santosh/20100919/1284927944


 薮中氏は、この本では公式発言中心でしたが、今後は公人の立場を脱し、より生臭い外交の経験とノウハウを紹介して頂ければと思います。