「甦る零戦 国産戦闘機 VS F22の攻防」 春原剛著

 日本でも戦闘機の開発をやっている、というニュースをテレビ番組や新聞で見て、前から気になっていた本です。アマゾンで中古本が出てきたので、やっと購入して読みました。

 この本がメインに扱っているのは、

・日本の時期FX戦闘機を巡る、日本の希望するステルス戦闘機F22 VS アメリカの薦めるF35の確執、

・紆余曲折の上、日本独自開発を断念し、日米共同開発となったF2(FSX)から、現在研究段階にある試験機「心神」へとつながる国産戦闘機開発の経緯、

の2点ですが、日米同盟関係に存在している不安定さや、アメリカ国内の事情など、その背景にからまるさまざまなファクターも紹介されています。


 すでに現在の戦闘機は、それ単体で考えられるものではなく、「総合的な軍事ネットワークシステムの一部」という位置づけになっている。さらに、そうしたネットワークは、すでに制海権、制空権だけでなく、ミサイル防衛システムや衛星攻撃兵器など、宇宙までを含めた空間を舞台に考える時代になっている、とのことです。

 そういう中で、日本が、現在、次期戦闘機開発に計上している予算は394億円であり、アメリカがF22の開発に投じた総開発費用 3兆円の百分の一にすぎません。ですが、レーダーやステルス性、エンジンなどの要素技術の開発の継続という意味では、ある程度意味があるようです。

 現在の日本は技術で生きていく国である以上、最先端の技術のカタマリである、戦闘機開発を完全に断念してしまうことなく継続させていくことは、防衛上の目的以外にも意味があることだと思います。
 現在、国産されているF2の生産は今年で終了し、日本での戦闘機生産は来年以降無くなります。一度技術者がいなくなれば、ノウハウは途切れてしまいます。零戦以来、細々ながら継続してきている航空機開発の技術蓄積が霧散してしまうことは非常に残念なことであり、何かしらの手は打てないのだろうかと思います。



 ちなみに、F35は、W・チャン・キム+レネ・モボルニュ著『ブルー・オーシャン戦略』において、「新たな需要を掘り起こす」事例として紹介されています。
 アメリカの軍用航空機市場では、海軍・海兵隊・空軍は、それぞれ航空機に対して異なる性能・仕様の要求をするため、市場は3つの異なるセグメントに分かれていると認識されていました。海軍は、航空母艦の離着陸に耐えうる耐久性と保守性、海兵隊は、離着陸距離の短さとさまざまな迎撃機能、空軍は、高速飛行とステルス性を要求、それぞれに適した航空機が別々に開発されてきたため、結果、航空機のコストは年々上昇していったのです。
 ペンダゴンは、次世代主力戦闘機計画において、海軍・海兵隊・空軍それぞれの、譲れない点と重要視しない点を整理することによって、キーになる要素はすべて盛り込み、それ以外の重要でない要素をそぎ落としたF35戦闘機を企画、3軍が共通して使用する前提で、大幅なコストダウンを行うとともに、基本性能もアップさせることができた、とされています。

 これは、今までマーケティングにおいて常識とされてきた「セグメンテーション」という考え方、つまり対象顧客を絞り込んで、彼らに最適なカスタマイズした商品を提供することによって、市場での優位性を築く、という考え方に対する、真っ向からのアンチテーゼです。
 既存顧客だけでなく、今まで顧客になってくれなかった人たちにまで目を広げ、その共通点に目を向けることによって(=脱セグメンテーション)によって、より大きな市場をターゲットにできる可能性がある、と述べているのです。
 実際に、F35は、その汎用性の高さから、アメリカだけでなく、イギリスやオーストリア、オランダ、カナダ、デンマーク、トルコなど多くの国が開発に参加し、将来的に5000機ほどの生産が見込まれると言われています。

 しかしながら、基本ソフトがブラックボックス化されており、各国でのカスタマイズが困難であること、日本でのノックダウンやライセンス生産への展開が見込めないこと、航続距離やステルス性などの個別性能では劣ること、設計が遅れ導入時期がずれこんできていることなどから、日本はF35の導入を嫌がり、既にアメリカでは生産打ち切りになったF22にこだわり続けています。

 この背景には、日本人の「汎用品よりカスタム品」にこだわる傾向もあるように思えます。F35は、きわめてアメリカ的な、合理的な製品です。個別要求事項に対応することより、万人向けの最大公約数的な機能をベースに、大きく骨太な構想をまとめ、その趣旨に賛同する人たちを巻き込んで、プロジェクトを進めていく。
 一方、日本において一般的な「勝ちパターン」は、個別の要求事項をとことん満足させる機能を作りこみ、それによって製品の競争力を高めていくという、個別最適のやり方です。アメリカ的全体最適の「大味な」やり方では、どうも落ち着かない。個別最適にテイラーメードして、あちこち手を加えて、つまり日々カイゼンを繰り返すことによって、競争力を高める。こういうマインドが、私も含めて日本人には大なり小なり強くあるように思います。
 汎用の最大公約数的システムに、各人に仕事のやり方をシンプルに当てはめ無駄をはぶく、その改善のためには、末端の個別対応ではなく、システム全体を大きくアップデートしていく、というアメリカ式発想は、わかってはいても、感覚として落ち着かないものなのです。
 日本の防衛省が、F35にOKを出さないのにも、こうしたマインドが影響しているのではないでしょうか。