「されど、愛しきソニー」 蓑宮武夫著

 「元役員が本気で書いたソニー復活の劇的復活のシナリオ」というサブタイトルと、「寺島実郎氏推薦」という写真入りのオビを見て、これは凄いことが書いてあるのか、と思い買ってきたのですが、正直、マーケティングコピーが踊っているタイプの本でした。

 著者自身も書いているとおり、この本は、整理されていないバラバラな「エピソードを網羅し、その行間に生きづくものを汲み取ってもらう」ことを主眼としており、基本的に、著者のソニー勤務時代の体験談の羅列で構成されています。ソニー復活のための方向性や心構えは書かれていますが、具体的な「劇的復活のシナリオ」が書かれているわけではありません(もしそのようなシナリオがあれば、こんな本で出版される訳もないのですが)。よって、このサブタイトルは虚偽広告だと言えましょう。
 このような、タイトルが中身をあらわしていない本は非常に多いと感じます。家電商品などでは、誇張された虚偽広告は厳しくチェックされるのですが、書籍については、相手がマスコミということでややこしいためか、取締りが甘いようです。


 さて、かつてのソニーの強みはどこにあったのでしょうか?
 著者は、さまざまな具体的なエピソードを交えながら、いくつかのトピックを挙げています。


ソニーでなければできないことをやるという、モルモット精神。

■エレクトロニクスのものづくりへのこだわり。つみあげてきたノウハウ。
 協力会社との良好な関係 (赤字でもまずソニー納品すれば、後で他社からの注文も期待できるという「ソニーの追い風」)

■利益を出すことより、ヒットモデルを出す、という「手段」を重視したこと。
 エンジニアが生き生きと頑張る⇒よい商品が出来る⇒お客様が喜んでいい値段で買ってくれる⇒利益が上がる⇒株価が上がる、という考え方。
 利益を上げる、株価を上げる、が先にあるわけではない。

■自由闊達で、創造性を育む土壌づくり。
 「仕事、楽しいですか?」と社員に聞いていた井深さん。「ネアカであれ」「ソニーで働いていても楽しめないと思ったら、すぐ辞めなさい」と言っていた盛田さん。
 「心」と「物」を結びつける、創造性や直感を重視。

■人を重視した経営。
 係長クラスから社長が参加する開発会議に参加させる「門前の小僧方式」。
 トップから現場の開発者まで自在に役割が入れ替わる「マンツーマン」の人材育成。
 トップダウン・ボトムダウンが双方向からぶつかりあう風土。

■目的に合わせて朝令暮改でプロジェクトチームをつくる、フレキシブルで風通しの良い組織経営。
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 このような強みを持っていたかつてのソニーが、その後凋落した原因について著者は、「普通の会社になってしまった」ということだと考えています。

 その一つ目の原因は、出井会長・安藤社長という文系2トップ時代に、社外取締役を中心に、株価アップ・EVA至上主義の経営が行われたことです。

 この期間に、社外取締役を説得できる無難な経営、つまり、短期的な業績やリスクを回避する経営が行われるようになりました。エレクトロニクスのものづくりが軽視され、長期スパンの開発が必要とされるプロジェクトも減少。その結果、開発者のモチベーションが下がり、独創を命とする、「人」を中心とする独自の風土が消えてしまうこととなりました。


 2点目は、「神様井深、大番頭盛田、天皇岩間、才人大賀」という創業期のメンバーが退いた後、創業時代の精神が残らなかったことです。
 パナソニックにおいては、経営理念は明文化・具体化され、毎朝朝会で唱和されるなど、全世界レベルで経営理念の「すりこみ」が継続されています。
 一方、ソニーにおける創業時代の精神は、「自由闊達」を標榜するがゆえに、朝会での唱和などのすりこみ方法とは相性が悪かったため、その精神を継承するための仕組みがありませんでした。また、創業期の理念も、設立趣意書はあっても、漠然としたものであり、パナソニックの経営理念のように誰もがわかる形に明文化され、具体的に参照できる形にまで落とし込まれていたわけではありませんでした。それでも創業時代の社員は、さまざまな日々の体験談を通じて、その精神を共有することができたのですが、世代が変わるにつれて、いつしかその精神は喪失してしまったのです。


 著者は、復活のための提言として、井深さん、盛田さんの時代に構築されたDNAすなわち仕事のやり方を復習し、血の通ったノウハウとして活用して行けば、再び10兆円・15兆円企業として返り咲くことができる、と述べています。方向性としては、エレクトロニクスメーカーとして、世界をあっと言わせる商品(ハード)を作り続けること(例えば、「匂いの出るテレビ」や「自動翻訳装置」)。そのために、ソニーのトップには、現場の人、エンジニアの情熱に点火することを望んでいます。 
 きわめて漠然とした内容であり、これでは「復活のシナリオ」と呼べるようなものではないのでしょうが、大雑把な方向性としては、私もその通りではないかと考えます。

 ソニーは、自分のDNAに合わない、アメリカ式の経営方法を導入したがために、もともとの持ち味・強みを殺してしまった、典型的な例だと思います。世の中に一般的な経営手法は、一般的な企業を経営するためにあるわけであり、ソニーのように、短期間に世界的なブランドを打ち立てたきわめて特異な企業には、当然、きわめて個別最適な、特異な経営手法があってしかるべきだと思われます。たとえ株主への説得が難しかろうと、普通の株主には簡単には理解できないような発想・手段で事業をやっているからこそ、競争力があるのです。その点で、トヨタがかつて、「従業員を長期雇用しているからリスクがある」という理由で格付けを落としたムーディーズに対して、強く反論していたのとは対象的です。

 今週、イギリスに出張していたのですが、イギリスの家電業界でも、サムスンソニーパナソニック・LGの4強のうち、ソニーは「一人負け」状態でした。すでにかつて絶対的だったソニーのブランド力がサムスン以下にまで失墜してしまった今、恐らくあと数年の間に巻き返しを図ることは困難でしょう。

 日本式経営に拘泥した結果じわじわと競争力を失っていく企業が多い中、アメリカ式経営を取り入れて失敗したソニー。やはり答えは、強みになっている経営理念やDNA、風土を維持するための仕組み・仕掛けを施した上で、方法論の面で異なる経営手法のいいとこ取りを図る、というやり方になるのでしょうか。