「ヨーロッパの目 日本の目」 安西洋之著

 数ヶ月前に読んだ本ですが、久しぶりに、あらためて引っ張り出して、ざっと読み返してみました。

 この本のテーマは、日本人・日本企業が、欧州でビジネスをする、特に欧州で製品を売る、という視点から、そのために必要不可欠な欧州文化への適切な理解を啓蒙しようというものです。
 欧州の政治や文化に関する本は多々ありますが、欧州での「ビジネス」に関する本はほとんど見かけることがありません。
 ましてや、日本企業が欧州市場で製品をどう売るか、などといった超スペシフィックなテーマに関する本など他に見たことはありませんでしたので、この本を書店で発見したときには、驚いて早速買い込んできたものです。


 この本は、欧州文化をどう理解し、そこにどうアプローチしていくか、という答えを明確に教えてくれる本ではありません。さまざまなエピソードとコメントを提示することによって、それらを入口として、読者が自ら欧州文化を理解していくためのきっかけを提示しているのです。
 よって、一つ一つのエピソードはエッセイ的にコンパクトにまとめらており、あまり深堀はされていません。もう少し、突き放さずに、素人にもわかりやすく、そのエピソードの意味するところを説明してくれたらいいのに、と思う点も多くあります。あえて一方的に答えを押し付けるのではなく、あくまで読者個々人の考え方の多様性を尊重する、というスタンス自体が「欧州文化的」なのかも知れませんが。

 前回読んだときには、「これはなるほどそういうことだったのか!」、と思わされた内容もある一方、私の基礎知識の不足故か、ピンと来なかった点も多くありました。それから数カ月たち、今では少しは内容が実感できるようになったかな、と期待していたのですが、やはりピンと来ない点は前回と変わらず、どうやら私自身に進歩はなかったようです。


 著者は、文化の違いが最も端的に表れやすく、文化を知らないと人の生命まで危険にさらしてしまう、カーナビゲーションのインターフェースという分野での経験を例に、日本企業が欧州の文化に合わせた製品づくりにエネルギーとお金をかけるマインドがないことを指摘しています。

 フランスの大型スーパーのカルフール、英国の携帯電話キャリアボーダフォン、これらが日本で壁にぶち当たったのは「日本の消費者市場はレベルが高いから、日本の消費者に合ったローカライズが必要」ということです。かつて日本市場で米国メーカーの左ハンドル車に、「日本メーカーは米国市場に左ハンドル車を出荷しているのに、どうして米国車は日本で右ハンドルにしないのだ」と大きな反発があったことと同じです。
 日本の多数の会社に潜む問題点は、自国市場で求める繊細さを自分たちが欧州市場で要求されていることに、積極的に耳を傾けようとしないか、聞かないふりをすることです。だから、欧州の人たち日本のメーカーは自分たちのことをわかっていない、あるいは分かろうとしていないと皮肉り、いらだちます。

 これはまさに私の周りでも実際に起きている大きな問題です。
 日本企業の多くは、地元の日本や、日本の後背地市場である東南アジア市場、さらにはこだわりが少なく大味な消費性向のあるアメリカでは、今まで何とかビジネスをやって来たわけですが、日本同様に消費者が細かいこだわりを持つ市場で「アウェー」で勝負した経験は少ないのです。
 しかしながら、90年代までは、日本やアジア・アメリカではなんとかなってきた、という成功体験があるため、自分たちのやり方・考え方が一番正しいと信じこんでしまっています。まったく異なる価値観を持った市場が他にもある、ということを感覚的に理解することができないのです。

 さらに困ったことは、欧州で売られている欧州ブランドの製品を、日本企業の視点でみると、技術や機能がシンプルで時代遅れであり、日本企業の製品よりはるかに劣った安物商品に見えるということです。
 しかし、反対に欧州の人たちから見ると、日本企業の製品は素材の質感や細部の仕上がりが劣っており、いかにもチープで粗雑な「アジア」の製品に見えてしまいます。そこには、明確な価値観の基準の相違が存在しているのです。

 欧州の製品を日本に輸入しているのならば、この問題にぶち当たることは少ないでしょう。日本の消費者は欧州のブランドの製品に対して、その価値観が理解できなくとも、違いを比較的寛容に認めるところがあります。少なくとも欧州ブランドというプレミアムが、価値観の違いによるディスアドバンテージを相殺させることがありえます。

 しかし、その逆は難しい。欧州における日本の製品に対するプレミアムは、もちろん中国の製品にくらべればあるとは言うものの、日本における欧州の製品のプレミアムほど高くはありません。
 それでも、もともと欧州ブランドが存在していなかった新カテゴリーなら、他に選択肢がないために、受け入れられやすい。AV商品なら、デジカメ、ビデオ、ムービー、こういった製品は日本ブランドが市場自体を作ってきたわけなので、欧州の消費者もどこか違和感を感じながらも受け入れざるを得ないようです。白物家電の世界なら、電子レンジがこれに当たります。

 ところが、伝統的な家電製品の場合、すでに100年近い伝統を持つ老舗欧州ブランドが、製品の基本ルールや価値基準を定めてしまっています。このアウェー市場で勝負するには、欧州の土俵のルールで戦わなければならないのですが、残念ながら、ルールは成文化されているわけではありませんし、欧州ブランドの製品を見ればすぐわかるような、簡単なものでもありません。ピンポイントでの課題意識を事前に持たない限り、製品を眺めても肝心なポイントは見過ごされてしまいます。いくら欧州人が言葉でポイントを何度も説明したとしても、共通のベース(常識や価値観、経験)を持たない限り、日本人がその意味することを表面的に言葉では理解しえても、その重要性までを理解することはできないでしょう。
 欧州人にとっては、常識であること、それを日本人に伝達する手段がないのです。不思議に思われるかも知れませんが、これは事実です。私が仕事上、イヤというほど体験し、いまだに体験し続けさせられていることなのです。



 著者はまた、欧州文化の特徴について、自らの経験をもとに4点にまとめています。
 エピソードの羅列だけだと、それで結局なんやねん、と思ってしまう私としては、最後にこういうまとめがあるとほっとします。

■1.連続性
・論理的連続性 〜 ヨーロッパの人たちは、パワーポイントではなく、ワードでびっしりと文章を書くことが多い。道を覚えるのも、日本人男性が、鳥瞰的にゾーンで把握するに対し、通りの名前の連続で覚えていく。
・地理的連続性 〜 商品企画をするとき、少なくとも近隣数カ国の市場を同時に想定する。そして、それを想定できるほどのある程度の文化的勘が働く。
・時間的連続性 〜 多くの石造りの建築が時代によって様式や意匠を変えるように、前の時代との接点がある。

■2.コンテキストの存在
 キリスト教」やギリシャ・ローマ・ルネッサンス文化など共通の教養や話題を共有している。

■3.メインカルチャーへの敬意
 哲学や純文学など上位にある文化としてのメインカルチャーに対する敬意が残っていて、日常生活に近いところで生きている。

■4.多様性の維持
 EUのポリシーにあらわれているように、人々の感情を刺激しないよう、さまざまな文化に優先権を与えず共存させている。


 これらは、わかりやすくまとめられているので、仕事上でも参考になりそうです。
 特に、「メインカルチャーへの敬意」などという切り口は、非常に面白く、役立ちそうに思います。日本では、世の中全体としてサブカルチャーが偉く、メインカルチャーが軽視される傾向になっています。これは、明治維新、敗戦と、伝統的価値観の否定が繰り返し起こったことによる結果だとも思います。

 「論理性連続性」についても、よく直面していることです。
 卑近な例では、欧州人のつくる資料は、いつも文章の羅列で、ストーリーやロジックを図解してわかりやすく伝える手法に慣れ親しんできた私には、何を言いたいのかよくわかりません。会議をしていても、白板上で議論のポイントを図解しながらまとめていくことのできる欧州人には今まで出会ったことがありません。その役割はいつも日本人になります。(私が仕事をしている相手のレベルが低いだけか知れませんが)
 著者の考えでは、欧州の人には、論理的連続性の面で図解というスタイルがなじまないということのようです。
 私もこの本を読んで以来、欧州人を相手とするプレゼンの場合、日本人相手のように、短い文章を四角で囲ったり、矢印を多用して因果関係を強調するようなストーリーの図解化は避け、文章の箇条書きスタイルをとるようにしました。


 著者は、私達が日々苦戦しながら道を切り開こうとしているビジネス分野に、貴重な示唆を与えてくれる稀有な存在です。今後も、欧州ビジネスでの経験を踏まえた、素人にもわかりやすい提言を発信して頂けることを期待しています。