「国防」 石破茂著

 先日紹介した、田母神氏の論文に対する石破氏の的確なコメントに感心し、今度は石破氏の本を読んでみました。

 石破氏が、防衛庁長官を退任後、政府の一員としての立場を離れ、より自由な立場から、一般の人を対象に、日本の防衛について書かれた本です。

 私のような基礎知識がない人でも理解できるように、平易に書かれており、非常に読みやすい本です。
 それゆえに、個別のテーマについての突っ込みは少なく、もう少し深入りして説明してほしい内容もあるのですが、それは他の本を読めばよいのでしょう。



 この本で語られている内容は、私には、実にもっともで、バランスのとれたものだと思われます。

 石破氏の主張は、おそらく20年前ならば、「右寄り」と評されていたでしょう。当時は、軍事や防衛について、当たり前の議論をすることさえタブーのように思われていました。
 ところが、田母神氏の論文が好評を博しているような現在では、石破氏のスタンスは、むしろ逆に「左寄り」と見られているのではないでしょうか?

 この20年ほどで、「左」・「右」間の中心線は、大幅に右側に移動してきたのではないかと思います。



 私は、「左」「右」への偏りは、両方とも許し難いのですが、どちらかと言うと、昨今の「右」への偏りに危惧を感じています。

 「左寄り」の特徴は、「理想主義」だと思います。
 しかし、それゆえ現実から乖離してしまうことがあります。
 主体者であるひとりひとりの国民の意識の中で、まだ理想主義を消化できるまでの準備が整っていない中で、理想的な仕組みを社会に無理やりあてはめようとすると、かつての中国(大躍進や文革)やカンボジアポルポト政権)のように、現実には社会が破綻してしまう結果になります。

 しかし、「左寄り」の考え方のポジティブな面は、将来へとつながる、人類の進歩のビジョンが意識されうることです(実現できるかは別として)。よって、もともと若者との相性がよく、60年代には、若者の大衆文化も左寄り思想と強く結びついていたようです。

 もうひとつの特徴は、基本スタンスとして、一般のひとびと(労働者・農民・大衆・人民・・・)を主体にした視点なので、理想を語っていながらも、そのベースが、現場の人々が直面する課題からスタートしているということです。
 戦後の日本においては、多くの人々が、指揮官(「軍人」)としてではなく、末端の兵卒(「兵隊」)として、あるいは生活をおびやかされる市民として、戦争を経験した過去をもっていました。こうした「被害者」としての立場からの戦争の現場の声を、左寄りの言論はうまく取り込んできたのだと思います。



 一方で、「右寄り」の特徴は、「現実主義」であることです。できるわけもないあるべき理想論からスタートするのではなく、基本的に現実をきちんと踏まえた上で話をしようというスタンスです。
 しかし、冷徹な現実を踏まえてはいても、より大きな将来へのビジョンは示すことができないことが多いのも事実です。他の国がやっているから、我々もこうする、というレベルの発言となってしまい、次に何を目指していくのか、という未来志向の視点が抜け落ちていることが多いのです。

 もうひとつは、「上から目線」であることです。国家レベルでの大局的な視点から物事を捉えているのだが、現場からの視点は軽視されることが多いようです。よって、「現実主義」であっても、「現場主義」ではない。特に、最近は戦争を実体験した人たちが減り、現場の感覚を失った観念論がより強まってきているようにも感じます。

 立場は違えども、日本における右寄りの論調は、昨今の中国・韓国における単純な「反日」と同じように、観念的な議論に陥ってしまっているようにも感じます。



 このような、左右両者における、モノゴトを見る「視点の違い」は、切り口として重要なポイントなのではないかと感じています。
 以前、このブログで、「戦争責任」について書いてみたのですが、戦争責任のようなテーマを語るにおいては、国家としての「戦略レベル」での視点と、各個人が実際に遭遇する「現場レベル」での視点、という二つの切り口があります。


 前回の私のブログでは、「上から目線」での、国家戦略レベルでの視点から考察をしてみました。  http://d.hatena.ne.jp/santosh/20100815/1281877472

 東京裁判でいうならば、A級戦犯を裁いた「平和に対する罪」は、このレベルでの責任を追及したものです。


 一方で、B級戦犯の対象となる「通例の戦争犯罪」は、主に捕虜や一般人の虐待など現場レベルでの行動を裁いたものです。戦争責任を語るには、この現場レベルでの視点もはずせないのですが、両者を分析するには、まったく違うモデルが必要になってきます。


 ビジネスの世界で言うならば、企業レベルでの、どういう市場をターゲットに、自社の何を活かして、他社とどう差別化していくのかという「経営戦略」の視点で見るのか、あるいは現場で働く各従業員の「オペレーション」をどう強くしていくかという視点で見るのか、ということです。ビジネスにおいては、常にこの両方の要素を考慮したアプローチが必要です。いくら経営戦略レベルでキレイごとを言っても、現場のオペレーションレベルで粘り強い遂行能力がなければ、何事も成功しません。反対に、現場の推進力は強くても、根本の戦略が間違えていれば、現場に死体が累々と積み重なっていくだけです。


 最近、左・右両方の視点から、戦争責任について書かれているモノを読んでいるのですが、どうもこの両者の視点がゴッチャに議論されているため、まるで話が噛み合っていないように感じられてきました。
 右からの議論は、現実的な視点でありながらも、現場レベルでの悲惨な実態を無視しがちですし、一方で、左からの議論は、本質的な戦略レベルでのポイントが無視されがちで、現場のオペレーションの話から、いきなり理想論的な中期経営計画に飛んでしまうような感があります。

 このテーマは、世間一般ではあまり指摘されていないながらも、実は本質的な課題のように思えますので、後日あらためて整理してみたいと思います。