「自らの身は顧みず」 田母神俊雄著

 一昔前に、ずいぶんと話題になった本ですが、今頃になって、中古本を買って読んでみました。

 懸賞論文に応募し、最優秀賞を受賞した論文が巻末に掲載されています。本の内容は、基本的に、この論文に書かれた内容を、さらに肉づけして語ったものです。
 巻末にある論文の内容を読んでみますと、文章は読みやすいですし、著者の思いは非常によく伝わっているのですが、全体のだらだらとした構成、ロジックの強引さ、など、「論文」としてみると、??という感じで、むしろ随筆や感想文、といった感じのものです。

この本を読んで、その通りだと思った点と、違和感を感じた点がありますので、書いておきたいと思います。


○有事の際に自衛隊が必要な行動をとれない、という点。

 莫大な国防予算を投資し、世界有数の装備を有し、隊員も高い練度を保っているにもかかわらず、自衛隊は必要なときに身動きがとれる制度になっていない。何をやってはいけない、という「ネガティブリスト」で管理するのではなく、これこれしかやっていはいけないという項目で管理しているため、都度変化する事態にあわせた対応をとることができない、という課題です。
 まったく指摘の通りだと思います。軍事力を維持する最大の目的は「抑止力」だと思いますが、軍事装備はあっても、それを自由に動かすことができず、相手国もその事実を知っているならば、抑止力としての効果を果たせないことになります。そんな中途半端な軍隊ならば、事業仕分けで予算カットし、いっそ他の予算に回してしまえばよい。国力を上げる・維持するという目的のためならば、軍事抑止力以外でも、これだけの予算が使えれば、他の手段もあるかも知れません。
 しかし、実際には、防衛予算をゼロにできるほどの勇気はないでしょう。敗戦直後の、都市は焼け野原になり、守るべき財産も少なかった時代ならともかく、これだけ経済発展し、守るべきものがたくさんある今の日本の状態で、まったくの丸腰でよいと言える人がどれだけいるのでしょうか。
 現実に軍事力が必要なのならば、それを動かせるようにしておかねばなりません。ハードと、それを制御するソフトはワンセットで考えなければならないのは常識でしょう。


○日本は、「侵略国家」ではない、と言い切っている点。
 前回のこのブログでも書きましたが、英米相手の戦争は侵略とはいえませんが、中国に対する戦争について、侵略ではないとするストーリーはあまりに強引に思えます。

 現在の中国政府から「日本の侵略」を執拗に追及されるが、わが国は日清戦争日露戦争などによって、中国大陸に権益を得て、これを守るために条約等に基づいて軍を配置したのである。
 当時の中国は、近代国家の感覚からすれば、かなり混乱した状況にあり、駐留する日本軍に対するルール無用の挑発行為はたびたびあったと思われます。日中戦争を本格化させた第二次上海事変でもその直接のきっかけは、中国側の挑発だったようです。中国側が、欧米にくらべ日本に対して激しい挑発を行った原因には、日本が、英米に比して中国での権益争いに遅れて参画したため、より目立ってしまった、という事情はあるでしょう。しかし、他の列強のように、軍事的には小競り合いレベルですまし、政治的な交渉で実利をとっていくのではなく、堪忍袋の緒が切れてしまい、国民党政権を政治的な交渉の対手としないことを宣言し、わざわざ軍事活動にずぶずぶと入り込んでしまう日本のやり方はまずかったとしか思えません。

 これ以外にも「軍機厳正だった日本軍」だとか「南京大虐殺は真っ赤なウソ」など、その根拠もあいまいにしか示さずに、威勢の良いお題目だけを唱えている内容が多くあります。


 この本は、日ごろ、台頭する中国に不快感を感じている人や、韓国や中国から文句を言われ続けていることに鬱憤がたまっている人にとっては、よくぞ言ってくれた、と爽快感を感じる本でしょう。
 話の主旨はわかりやすくシンプルに伝えられています。しかしながら現実は、これほどシンプルではありません。シンプルな話の背景には、必ず、強引なストーリーづくりや、都合の良い事実だけをつなぎ合わせているという事実があります。
 幕僚長などという日本にとって非常に重要な仕事をを担っていた方がこのレベルなのか、ということに驚かされるというのが本音です。シンプルなストーリーで物事を語るために、あえて読者のレベルに合わせ意識的にシンプルに書いたのでしょうか。あるいは、本気でこう考えているのでしょうか。


 また、田母神氏は、「日本は良い国だといったらクビになった」と言っていますが、ポイントはそこではなく、国の要職についている人が公職名を明らかにして、国の見解と異なる発言をしていることでしょう。
 企業で働いている個人が、その所属する企業名を明らかにして、個人の見解を勝手に発言することなどありえません。企業の名前を明らかにすれば、その企業としての発言になりますので、企業における事前了解が不可欠です。私は、このブログに、ビジネスについて考えていることも書いていますが、私が働いている会社名を書くことはありません。
 こんなことは基本的な社会常識だと思うのですが、自衛隊幹部にとっては非常識なのでしょうか? 仮に事前了解をとろうとしても、OKがとれるとも思えませんので、覚悟の上であえて発言したというのが事情かも知れませんが。


 この本の内容については、何とも腑に落ちないものを感じていたのですが、その後、石破茂氏のブログで、田母神氏の論文に対するコメントを見つけました。
http://ishiba-shigeru.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-8451.html
 石破氏のコメントは実に明快で、納得のいくものであり、その常識的なコメントを読んで、田母神氏の論文違に感を感じていたのは私だけではなかったか、と安心しました。
 正直、田母神氏と石破氏では、あまりにレベルが違います。ただし、石破氏のコメントは、客観的な事実を踏まえ常識的に考えているからこそ、一般の人にはわかりにくい内容になっているとも感じます。おそらく、右側の人にとっては左に見え、左側の人にとっては、右側に見えるのではないでしょうか?

 これから石破氏の本も読んで見ることにしましょう。