「中国人は本当にそんなに日本人が嫌いなのか」 加藤嘉一著 を読む

 「加藤嘉一」という名前には、日経ビジネスオンラインで連載を書いている人、という認識くらいしか持っていなかったのですが、先週末、この本が、「中国で最も有名な日本人がついに日本で書籍デビュー」という刺激的な宣伝コピーとともに、売りだされているのを見て買ってきました。

 加藤氏は、高校卒業後、北京大学に留学、卒業後もそのまま中国に残り、流暢な中国語で日本を語れる日本人として、中国のメディアにたびたび登場する26歳の日本人の若者だそうです。胡錦濤氏も、日本を訪問する前に加藤氏に話を聞きに行ったとのことですので、かなりの有名人になっているのでしょう。日本でも、デーブスペクターとかパックンとか、オスマンサンコン(古い!)とか、お笑い番組に登場する外国人は数多いですが、加藤氏はこうしたお笑い・バラエティー系ではなく、日中関係を語るマジメ系の若者として、報道番組中心に登場しているようです。
 翻って日本の状況を考えると、TV番組で、日中関係について中国人留学生を読んで客観的なコメントをさせるということはあまり想像できないし、またそれがあまり視聴者に受けるとも思えません。中国のメディアの方が懐が深いのか、或いは加藤氏が非常にマスコミ受けするキャラクターだからなのでしょうか。


 この本を読んで全体的に感じるのは、中国に住んだことのある日本人であれば、誰もが感じ、考えるであろうことを素直に語ってくれているな、ということです。
 例えば、公と私・内と外の概念の違い、中国社会の自由さ、中国における「安定性」の重要さ、などは、私もこのブログでも何度か断片的に書いてきたことです。
 日本と中国の間には、視点や認識の違いによって、双方がわかっていると思いこんでいながらも、実は意外に誤解している事柄が多くあります。著者は、双方の観点を理解しているユニークな立場から、それらのテーマについて相対的な視点で解説を加えていきます。
 おそらく、読者が感じるのは、あーでもないこーでもない、といろいろ事実を語っていくものの、だからどうしたらいいのかについては、一言で言いきることが少ないので、結局何が言いたいのか結論がよくわからない、ということではないでしょうか。日本においても、中国においても、相手のことを一言で白黒つけて言いきってしまう方が、わかりやすく読者の受けはよい。最近大ハヤリの右寄りの書物は、読んでいて実に切れ味がよく、すっきりします。しかし、事情を知っている人であればこそ、物事がそうシンプルではなく、歴史的・文化的背景から解きほぐしていかないと、状況の適切な把握すらできないということをわかっているものです。

 残念ながら、自分たちだけで自慰的に盛り上がったような、右寄りの乱暴な中国論があふれている日本の出版界では、加藤氏の本は受けないのかも知れません。著者の狙いとはまったく異なるにもかかわらず、日本では、加藤氏の主張は「中国寄り」にとられてしまう恐れも高いでしょう。加藤氏にとって、それは極めて心外なはずです。右寄りの主張をしている人たちが、日本の国内でぬくぬくと好き勝手に言いたいことを無責任に語っているその時に、加藤氏は中国で、ひとりで日本を代表して、日本についての誤解を解くために必死で闘っているのですから。


 現時点で加藤氏が目指しているのは、初歩的な情報・認識の不足によって双方に存在している誤解を解くこと、そのために、双方が知らない基本的な事実を語っていくこと、まずは共通の事実を認識することだと思います。
 殆んどの問題は、誤解がベースになっており、その原因は共通の認識がないことに起因しています。双方の観点・思考方式がわかり、それをきちんと通訳(言語面ではなく、考え方として)できる人が間に入って話をすれば、たとえ同意はできなくとも、少なくとも相手がそう考える背景や理由は理解できることが多いはずです。加藤氏とは比べられるレベルではありませんが、20歳のときに韓国に留学して、ひとりで日本を代表して韓国人たちと議論をしてきた私自身の経験でも、彼らが知らない事実を伝えれば、目から鱗が落ちるように認識を変えられることは多いのです。

 まずは、加藤氏のように、草の根レベルからそうした事実を語る人が増えてくること、これが時間がかかれど、日中関係を良化させていくための第一の取り組みだと思います。そのためにはまず、人の交流を増やす、ことしかないと思います。「鱗が落ちる」経験をどれだけ増やせるのか、です。

 加藤氏を見ていると、私自身の昔の留学時代を思い出します。私はその後、会社員となり、20年間日々仕事に忙殺され、ひとりで日本を代表して語るような意欲も語学力も失ってしまったのですが、まさに当時やりたかったのは、加藤氏のようなことだったのでした。

 加藤氏は、そのうちに、現在の「事実を伝える」というフェーズに飽き足らず、自分の思うところの「解決策に取り組む」フェーズに入っていくことでしょう。今後、加藤氏がどう成長し、活躍して行くのか、注目して行きましょう。



 とここまで書いたところで、WEBで検索してみると、youtubeで加藤氏が出演しているテレビの番組がいくつかあったので、見てみました。昔、中国にいたときよく見たファニックステレビの番組です。

 まず、感じるのは、加藤氏は、中国人にしか見えないということ。
 日本・中国・韓国の間では、どの国の人にも見えるような人もいますが、どちらかの国に典型的な顔というのもあります。加藤氏の顔は、明らかに、中国人に典型的な顔で、私が中国で出会ったら、確実に中国人だと信じて疑わないでしょう。

 加藤氏の話し方は、若いからと言って遠慮するようなことはまるでなく、気さくにズバズバ言いたいことをいう、中国人のかけあいのノリになっています。これだと中国人には非常に自然に入ってくるでしょう。中国の人たちの常識を踏まえたうえで、「中国の状況はおかしい」と言い切るキャラクターは、視点も面白いし、外の人の意見にも敏感な中国人にとって受けるものです。「买房等于谋杀未来」などの、極端な言いまわしも、切れ味よく、中国人にはわかりやすい。これを見るとなぜ彼が中国で受けたのかがよくわかります。

 
 
 おそらくこうした気楽で自由な中国のメディアに慣れている加藤氏にとっては、窮屈で自由のない日本で活動するのは、たいへんなプレッシャーだろうなと思うのでした。