「ソニー出身のコンサルタントが小さな陶器会社の売上を一年で二倍、利益を三倍にした話」 大塚文雄著 を読む

 1年以上前に、大塚文雄、R・モース、日下公人 3氏の共著である「『見えない資産』の大国・日本」という本を紹介したことがあります。

  http://d.hatena.ne.jp/santosh/20100328/1269802910


 私なりに理解したところの、この本の主旨は以下のとおりでした。


 「アメリカ型経営」に対する「日本型経営」を考えるにおいて、貸借対照表に載る目に見える資産だけでなく、企業理念、企業の文化、業務慣行、ノウハウなどの簿外の資産=「インタンジブルス」が重要である。
 日本人にとって、企業に「インタンジブルス」があることは、ある面常識であり、むしろあまりに豊富にあるがために、値打ちのあるものだとは思われて来なかった。
 しかし、世界中を見渡すと、日本人が優れているものづくりの世界では、この「インタンジブル」が優位性の大きな要素になっている。この価値を資産としてとらえて、強みとして使っていかない手はない。
 そのためには、日々の仕事を「見える化」することが重要。
 パソコンの普及した現代、きわめてローコストな方法で、社内に分散し潜んでいる「インタンジブル」を「見える化」するうことが技術的にも可能になってきた。
 中小企業が支えてきた日本のものづくりが、再び国際社会で強さを発揮する鍵はここにある。


 私が当時、この本を読んで疑問を感じたのは、以下の点です。

 日本企業がグローバルに活動をするにあたって、そのビジネスモデルの強みが、特殊な日本文化と不可分なものであるならば、どうやって、それをグローバルに展開すればよいのか。どうやってその仕組みに違う文化を持つ外国人をはめこんでいけるのか。 


 この点について、大塚氏は、情報共有や評価制度などの仕組みによって、日本の文化を共有しない人を対象にしても、この日本的なやり方の強みを発揮することは可能である、と考えられているように思えました。
 一方で、日下氏の発言には、見えない資産による強みは日本人特有のものであり、日本だけで活用できるものである、という思いがあふれており、発言と話のストーリーが矛盾していました。

 これは、日本企業で、グローバルにビジネスを行おうとしている人であれば、誰でもが日々直面している問題のはずです。よって、プロパガンダ的な無責任な発言が鼻につく日下氏からではなく、豊富な経験を踏まえバランスよく発言されている大塚氏から、より具体的で現実的な処方箋のアイデアを提示していただけることを期待したいものだ、と書かせてもらいました。




 このブログでの一読者の勝手な感想文に対して、最近、著者のひとりである大塚氏から、「新しい本を出したので、期待に沿っているかどうか」というコメントを頂きました。

 それが、この「ソニー出身のコンサルタントが小さな陶器会社の売上を一年で二倍、利益を三倍にした話」です。


 まずもって、右の写真でわかるとおり、タイトルは単刀直入、いかにも「もうかる秘策」が書いてありそうですし、マンガを使った表紙は(タイトルが黄色の文字で書かれているところまで)、どう見ても大ヒットした「もしドラ」そっくりですし、この出版社の方は、非常にストレートで迷いのないマーケティングをされるのだな、という印象を受けました。

 字が大きく、平易に書かれており、とても読みやすい本です。
 私も2時間ほどで読むことができました。
 
 内容は、大塚氏が、アイルランドの小さな陶器会社にコンサルタントとして乗り込み、経営を改善させた実際の体験談がベースになっています。難しい理論やゴタクに走ることなく、著者の体験談のストーリーを追いながら、自然と、経営のキーポイントを学べるようになっています。


 大塚氏が乗り込んだ当時のこの会社は、商売が拡大していたがために、「勘定合って金足らず」で、黒字倒産しかねない状況でした。
 大塚氏は、パレート法則で2割の大口客先を重点対象に効率的に売掛金を回収させたり、倉庫の整理、という基本的な「4S」で在庫と欠品を削減させたり、また、過去の販売データを参照してエクセル表で販売計画をつくり、受注生産から見込み生産へシフトしたり、といった今までにない取り組みを、現地社員にその意義を一つ一つ納得させて、実際に現場の社員が主体になってやらせることによって、すすめていきます。
 その結果、昨年は欠品が深刻でお客様から大きなクレームを受けていたクリスマス商戦で、欠品を起こすこともなく、大幅増販を達成し、1年で売上2倍、利益3倍を実現してしまうのです。
ハッピーエンドの感動のビジネスストーリーです。



 この本の中で紹介されている大塚氏の取り組みは、陶器会社の状況があまりに原始的であったことから、まだ初歩的な内容にとどまっています。正直、このレベルであれば、上からの業務の「標準化」によるアプローチでも、かなりの程度までは業績を上げることは可能だったのではないかと思います。

 しかし、大塚氏は、単に仕事のやり方をかえるのではなく、今まで自分で考えるなどという発想がなく、限られた仕事だけを粛々としていた現場の人たちに、自ら考えて、創意工夫して仕事をする面白さを経験させています。単に売上や利益といった短期的業績を追求するだけではなくて、そのための取り組みを通じて、「組織のケーパビリティー」を強くし、それを資産として残していこうとしているのです。この本の中では、はっきりとは書かれていませんが、大塚氏の取り組みにはそうしたアプローチが散りばめられています。

 自分が主人公となって成功体験を積んだ、マッシーやカトリーナ、メアリーは、フミオとともに仕事をした経験をもとに、これからは自ら新たなアイデアを出して、他の部署の人たちとも協力して仕事をしていくでしょう。そして継続して事業を伸ばしていくことでしょう。これこそコンサルタント冥利に尽きる話です。



 しかし、私が「『見えない資産』の大国・日本」を読んで疑問に感じていたのは、この本の中で、「見えない資産」自体が日本人に特有のものであり、日本の文化に根ざしている、だから日本はスゴイ、エライと結論づけていた(日下氏はこれからの日本の製造業は「文化産業」となるべきとまで言い切っている)。しかしそれならば、そうした日本特有の文化と不可分とされる強みを、事業をグローバル展開していく中で、他の国において、他の国の人々を主体にしたときに、どう発揮させることができるのか、ということでした。


 このアイランドの事例は、一般に日本の強さとされている現場の人たちの強さ、組織能力の強さは、うまくやればアイルランドでも実現可能なのだ、ということを言っているのだと思います。そうなると、基本的に、「『見えない資産』の大国・日本」の論旨とは矛盾してきます。


 この事例では、取り組み内容がまだ初歩的でシンプルなレベルであるがために、文化的な要素はまだ大きな問題にはなっていないのでしょう。
 これから、取り組みがより高度になり、自律的なすりあわせやカイゼンなど、文化的な要素が増えたレベルになったときに、果たしてアイルランド人によって、アイルランドの文化の中で、「インタンジブルズ」の強みを生かした経営がどこまでできるのか、そこがポイントなのだと思います。
 これには続編を期待しなければいけないのでしょうか。