「危機の経営 サムスンを世界一企業に変えた3つのイノベーション」畑村洋太郎+吉川良三著

 続けてこちらもこの1週間に読んだ本です。
 この本の共同執筆者である吉川さんは、94年からSAMSUNGの常務として、ものづくりの革新に取り組まれたそうです。書店の新刊コーナーでこの本を見つけ、迷うことなく買って帰りました。

 グローバルの家電市場で仕事をしている私にとって、SAMSUNG、LGという韓国ブランドは、すでに日系ブランドのはるか先を行ってしまっており、もう追いつくことは永遠に不可能という印象まであります。全社的な戦略投資の思い切りの良さとスピード、宣伝・マーケティングの巧さは言うまでもなく、最後の砦であった「技術力」においても、もはや日本のメーカーをどんどん引き離しているのが現実です。
 こうした状況は、アメリカや欧州、中国、インドなどグローバル市場では既に常識となっていますが、唯一「ガラパゴス」化している特殊な日本市場では、これが当てはまりませんので、日本の方々には実感としてわかってもらえにくいことと思います。

 さて、日々韓国ブランド相手に苦戦している身としては、SAMSUNG躍進の秘訣は一体何なのか、この本のどこかに書かれてはいないかと、一気に読ませてもらったわけですが、残念ながら決定的な内容は見つかりません。「経営」に関する本ですので、当然一般化させた内容になっていますし、ポイントとなる内容についても具体事例の紹介が少なく、なかなかイメージがわきにくいのです。あまりに具体的でクリティカルな内容は企業にとっての厳秘情報ですから、公開して本にするわけにはいかない、ということなのでしょう。

 さて、この本で、いくつか参考になったポイントを挙げます。

IMF危機までは改革がうまくいかなかった。 

 イ・ゴンヒ会長(当時)が進めてきたSAMSUNGにおけるさまざまな改革の成功事例は、今まで多くの本になっています。一般的にそのスタートは、93年の「フランクフルト会議」だとされています。しかし、この本によると、こうした改革は当初はなかなか根付かず、ルールも形骸化したり、構築したシステムも活用されなかったりしたそうです。実際にそれが働き始めたのは、IMF危機で人員を大幅カットし、社内に危機意識が徹底され、若手の権限が拡大したタイミングであり、それ以前にベースとなる仕組みを既に作っていたことが役にたったということです。
 大企業での改革を進めることの難しさを考えると、これは理解がいきます。


・自社では基礎研究開発をしない。他社の商品をベースに、「リバースエンジニアリング」を行う。

 基礎要素技術は先行する他社のものを真似る。ただし、商品化においては、単なる他社の「ベンチマーキング」(=モノマネ)ではなく、他社の基本設計段階での意図までさかのぼった分析を行い、市場に合わせてそれを作り変えていく「リバースエンジニアリング」を行っている。
 つまり、他社が開発した商品のベースをもとにしながらも、各市場に合わせ、より機能を簡素化したり、別な機能を付け加えたりした、より競争力のある商品を投入し、オリジナル商品を凌駕してしまう。


・「品質」はお客様が決める。

 日本メーカーは市場・価格帯を問わず、「高品質」=「競争力」という考え。
 一方、SAMSUNGの考えは、消費者のもとめている品質は、市場・価格帯によって異なるのでそれに合わせた商品づくりをする。消費者が求めている以上の品質は、メーカーの自己満足でしかない。


 ・デジタルものづくりの時代には、「モノを中心とするイノベーション」が利益の源泉にならない。

 SAMSUNGは、IMF危機以降、日本メーカーから学ぶことをやめた=「モノを中心とするイノベーション」での戦いをやめた、ことによって、日本メーカーを引き離すことができた。
 必ずしも消費者の求めているものとは限らない「モノ」づくりにこだわるのではなく、消費者にとってはっきりと目に見える、「価格・デザイン・ブランド」をそれぞれの市場の消費者に合わせて提供することによって成功をつかんだ。


 それではいったい日本メーカーはどうすればよいのか?
 その答えについては、残念ながらこの本では、「マーケットイン」「市場の要求からの企画立案」といった一般論しか書かれていません。
 これ以上は自分で考えるしかないわけで、そのための課題提起がこの本の目的というわけでしょうか。