「日本「半導体」敗戦」 湯之上 隆著

 一時は圧倒的に市場を押さえていた日本の半導体産業が、なぜここまで衰退したのか、について、前から興味があったので、読んでみました。 
 もともと私が素人目に考えていたのは、SAMSUNGなどの競合メーカーが、不況期にも戦略的に大型投資を行ったのに対し、日本の半導体メーカーは、投資にためらい、遅れをとったことが、結果として取り返しのつかない差に広がっていったのであろう、という「経営戦略」上の原因でした。

 しかし著者によると、その理由は「技術力」にあった、ということです。著者は、半導体における技術を、以下の3つに分類しています。

1. より微細なパターンを形成したり、より微細なパーティクルを検出するなどの「要素技術」
2. 要素技術を組み合わせて工程フローを構築する「インテグレーション技術」
3. 量産工場で歩留まりを上げる「生産技術」


 日本のメーカーは、「技術力では負けていない」という人が多いものの、実際には、
・「要素技術」や「インテグレーション技術」において、「高品質をつくる技術」はあったが、市場から見ると、過剰技術、過剰品質に陥った。
・一方で、低コストで生産するための「生産技術」を軽視した。

という致命的な課題があったようです。


 70年代〜80年代にかけて多く販売された大型コンピューターにおいては、20年以上の長期保証を実現できる極限までの高品質な半導体をつくることが要求され、それに成功した日本メーカーは、市場で圧倒的なシェアを獲得しました。この時代には、極限までの高性能・高品質を実現すること=市場で勝つ、ということであり、それが競争力の源泉となったわけです。
 ところが、90年代に入り、コンピューターが、大型コンピューターからPCへと急速にシフトすることによって、半導体に要求される要素は、「極限までの性能・品質」から、「低コスト」へと変わっていきました。しかし、多くの日本メーカーは、90年代に入っても、まだ大型コンピューター向けの高品質・高性能半導体の供給が続いたこともあり、当時の成功体験を否定する発想はできず、新たな低コスト半導体の流れに乗ることができなかったのです。

 これは、著書が語っているように、典型的な「イノベーションのジレンマ」の例でしょう。1997年に発刊された「イノベーションのジレンマ」(The Innovator's Dilemma / Clayton M. Christensen)は、製造業の経営にとっては、教科書的な存在であり、その概念はすでに国を越えて共通言語になっています。

 その内容を私なりに整理してみます。

 性能の高い良い商品を供給する企業は、既存顧客の求める需要に真面目に対応し、競争力を向上させるために、継続的に性能を改良し続ける(これを「持続的イノベーション」と呼ぶ)。結果として、実際の消費者が求めている需要にくらべ、商品の性能は過剰になっていく。
 一方で、性能は落ちるものの、コストが安く新たな特長を持つ商品(これを「破壊的イノベーション」と呼ぶ)が新興企業から供給されると、市場は新商品にシフトしていくが、既存企業は、既存顧客との間でビジネスの勝ちパターンを完成させているため、それを自ら破壊し、低収益な新しい商品のビジネスに飛び込むという経営判断はできず、結果として、新興企業に市場を譲り渡すことになる。
 そうした新興企業も、数年後には、また新たに登場したイノベーションによって、別な新興企業にその地位を譲り渡すことになる。

 なぜ、これが「ジレンマ」なのかと言うと、既存企業にとって、その時点で最も収益を上げる正しい経営判断が、新興企業との競争においては、誤った経営判断になってしまう、からです。
 Christensenは、HDDや、建築用クレーンなどの技術革新の歴史をもとにこの論理を導き出したのですが、半導体の歴史もまさにこの事例と言えるのでしょう。

 さて、この半導体の例は、日本企業が衰退した特徴的な事例ですが、これはほかの業界にも、起きるのでしょうか?
 私が関係する家電業界で考えますと、ここまで極端ではありませんが、状況は似て来ていると感じます。

 日本の家電業界がピークを迎えた80年代までにつくられてきた成功パターンは、高性能・高品質の商品を、相対的に低コストで、しかも短い商品サイクルで投入し続けることだと思いますが、そこで競争力の源泉となっていたことの一つには、これまで長年の研究開発や、市場品質問題などの経験から積み上げてきた「内部品質基準」があると思います。
 新興メーカーが、既存の他社商品を買ってきてバラし、同じような部品を揃えれば、一見、見た目には同じようなものをつくることができます。しかし、高い性能を引出したり、長年使用しても思わぬ問題が起きないようにするためには、多くのノウハウがあります。多くの企業は、こうしたノウハウを内部品質基準として蓄積し、新興メーカーと差別化された競争力の源泉としていたわけです。
 もちろん、これは設計やものづくりにおける「すり合わせ」が必要な商品を想定しており、キーパーツを買ってきて組み立てれば商品が出来上がってしまうような「モジュール型」の商品の場合は、状況は異なりそうです(たとえば、パソコンや、あたためだけの電子レンジなど)。

 しかし、BRICSなどの新興市場が成長するにつれ、消費者の求めるモノ・基準は変わってきています。20年間も使えるような品質や、さまざまな付加機能より、最低限の機能で、安く、しかも消費者の気にするワンポイントだけはちゃっかり押さえている、というような商品が受けているわけです。これをうまくやって成功してきているのが、SAMSUNG・LGでしょう。
 一方で、日本企業においては、今まで作り上げてきた勝ちパターンにおいて、重要な役割を果たしてきた「品質基準」は聖域となっているため、これを自ら否定することができず、過剰品質に陥っている例が多いようです。

 日本企業の得意技の一つは「カイゼン」です。それはその言葉通り、既存のベースからたゆまない改良を続けることです(これは、持続的イノベーションに通じるかと思います)。
 今までは、QCDを継続して「カイゼン」し続ける能力が企業の決定的な競争力となってきたわけですが、新興市場から起きつつある破壊的イノベーションに対しては、その「カイゼン」力が、むしろ足を引っ張ることになるかも知れません。そうなると、先行きが不安に思えて来るのは、自動車業界です。

 さて、こうした状況に対処するための「答」は何なのでしょう?

 「カイゼン」に代表される持続的イノベーションを行う仕組み・風土を維持しながら、一方でまったくその勝ちパターンを否定する破壊的イノベーションにも対応することは、果たして可能なのでしょうか?

 Christensenは、「イノベーションの解」という続編も書いています。
 次はこの本を読んでみることにいたしましょう。


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