「ソニー VS サムスン」 張世進著

 
 韓国人の経営学者がソニーサムスンの経営を分析した本です。昨年に読んだ本なのですが、最近ソニーサムスンとも話題にはこと欠かないので、あらためてひっぱり出して、内容をおさらいしてみました。
 内容としては、ソニーサムスン両社の戦略、組織プロセス、リーダーシップなどを比較分析したものです。経営学者の本にしては、具体的な逸話が多く入っており、英語からの翻訳本でもないので、読みやすい本です。
 以下、主なポイントを整理がてら書き出してみます。


■経営戦略面
  デジタル化という破壊的な技術革新によって引き起こされた電子製品の「コモディティー化」という危機への対応として、ソニーサムスンは、対象的な対応をとったということです。
 ソニーの対応戦略は、音楽や映像事業に進出したように、ハードとソフトの組み合わせ・相乗効果によって、コモディティー商品とは異なる差別化された製品やサービスを開発するという、「ネットワーク戦略」でした。
 一方のサムスンは、コモディティー化を事実として受け止め、半導体やLCDパネルなどの基幹部品に経営資源を集中させ、大胆な投資によって他社よりも少しでも早く新商品を出すことによってコモディティー商品においても収益を上げるという、「スピード命」の経営手法をとりました。
 この両社の戦略の違いを、著者は、「デジタルドリームキッズ」と「デジタル刺身屋」というわかりやすいタイトルで説明しています。
 また、この二つの戦略は、俗に言う「スマイルカーブ」の戦略にも合致しています。付加価値の最も低くなる真ん中の「完成品」を狙わず、「部品」と「サービス」という、バリューチェーンの両端に位置する付加価値部分をそれぞれ狙おうと言うものです。
(図を参照)


 ソニーサムスンの戦略が、スマイルカーブで説明できるとは考えていなかったので、これは目から鱗でした。


■技術開発面

 ソニーは、自由闊達な風土の中で、クリエイティブでオリジナルな新製品を開発し、マーケティングすることを強みとしてきました。しかし、互いにバラバラな幅広い分野での研究開発に資金が投じられたことから、研究開発の効率は低下していきました。

 一方で、久多良木氏の率いるPS事業は、キーデバイスである半導体の開発までを手がけ、「垂直統合」ビジネスモデルを志向しました。これは、ネットワークを武器に新しいサービスを創出するという出井社長の戦略とはまったく異なる方向性です。同じソニーの中でも、戦略がまとまっていなかったのです。

 これに対しサムスンは、半導体やLCDパネルなど、進化発展過程が明確で、業界標準規格が確立している、先の読める技術に集中し、それをすばやく商品化することに全社のパワーを集中させ、効率よく事業を進めることができたようです。


■組織構造面

ソニーは、出井社長時代に、カンパニー制を導入し、各プレジデントに各カンパニーの運営を任せ、本社は持ち株会社のように全体調整と新規事業への投資を行う仕組みをとりました。
 しかし、多くの事業を統合することによって「ビッグバン」を起こすことを狙い、毎年のようにカンパニーの再編を繰り返したため、各事業担当者に成果をあげるための十分な時間を与えることができず、開発中のプロジェクトが、組織変更により途中で中止される例が相次ぎました。 新規商品開発のために、部署を超えてフレキシブルに組織され、かつてのソニーの商品づくりの強みにもなっていた「プロジェクトチーム」も、いつしかカンパニーに吸収されてしまうことになりました。 
 また、EVAを業績評価の指標としたため、短期のリターンが見込みにくい新規事業や長期的な投資は抑制され、次4半期に発売する商品ばかりを重視する結果となりました。成熟した商品に対する投資ばかりが優先され、中長期的なスパンでの投資が必要な、薄型テレビなど新たに登場したデジタル製品への投資は遅れていくことになります。
 また、各カンパニー間の協力も難しくなり、カンパニー間の共食いも起こるようになっていきました。
 その一方で、アメリカをベースにしたコンテンツ事業は、日本のソニー本社からのコントロールが効かない状況にあり、狙っていたソフトとハードのシナジーも働くことはありませんでした。

 出井社長が目指したのは、伝統的な命令統制によるシステムではなく、ネットワークを基盤とする組織をつくることでした。グループ本社の機能を財務的な統制にとどめ、権限が委譲された各カンパニーによる「統合的分権化経営」を実現させようとしたのです。しかし結果的には、グループ内の調整機能が喪失し、スピーディーな決断が出来ない組織をつくることになってしまいました。
 著者は、結局、事業単位の自発的な戦略的な提携を通じて相乗効果を創出しようとしたソニーのモデルは理論上のものにすぎず、実際にはうまく機能しないシステムだった、と結論づけています。

 一方のサムスンは、ソニーとは対照的に、イ・ゴニ会長とそのスタッフ組織である「秘書室」に、サムスングループ全体の権力が1極集中しています。カリスマオーナーであるイ・ゴニ会長と秘書室は、人事権と財務的な統制によって、グループ内事業をコントロールすることが可能なのです。よって、各事業部間の自発的な協力がなくとも、ヘッドクォーターが事業部を強力に統制することによって、グループとしての相乗効果を発揮できる組織になっています。

 一方、サムスンの経営における問題点は、まず、各事業の経営者間にウィンウィンの発想が乏しく、相手が勝てば自分は負けてしまうという「ゼロサムゲーム」の考え方が支配的であるということです。グループ内でも、各事業が自己の業績のため、内部で激しい競争を繰り広げており、相互に協力するマインドが不足しています。重要な事業には会長秘書室が介入して統制しますが、それ以外の目が届かない案件においては、自発的な連携が行われないのです。これは、グループ内での相乗効果の創出を阻害するだけでなく、今後さらなる成長のため、海外企業との戦略的提携を行ううえでも足かせとなってきます。

 また、組織の「疲労度」が高いことも課題です。サムスンの企業文化は「恐怖経営」だと言われています。社員は厳しい業績評価による強いプレッシャー受けており、業績が悪ければ解雇されてしまうという恐れを常に持ちながら仕事をしています。こういう風土では、創造的なリーダーは育ちにくいと言えます。今後組織がますます巨大化していく中で、社員は、自分がいつ切り捨てられるかわからない状況でも、かつてのように会社に対する忠誠心と規律を維持していけるのかが、挑戦課題になっています。


■リーダーシップ面

ソニーサムスン両社が似たような事業部制組織で運営されたにもかかわらず、組織運営において、大きな差が生じた理由を、著者は、最高経営者のリーダーシップと、企業のガバナンス構造の差にあると指摘しています。

 ソニーは、天才技術者である井深氏、スーパー経営者である盛田氏、独裁者 大賀氏のような、カリスマ性にあふれた創業者世代が、絶対的な存在として経営判断を行うという、創業当時の中小企業的な意思決定システムを最近まで引きずっていました。出井氏は、ソニーで初めての大卒サラリーマン社長であり、エンジニアでもなく、特筆すべき実績があったわけでもありませんでした。出井氏は、創業者のリーダーシップを承継することができないため、ソニーをシステムによって経営される組織に変革しようとしました。
 しかし、ソニーの自由闊達な企業文化に基づいた独立的な事業運営は、強力なリーダーシップがなくなると、混乱に陥ってしまう性質を持っていました。
 経営状態が改善せず、出井氏の掲げるネットワーク戦略が目に見える成果を見せないと、社内では出井氏の路線に批判の声があがり、管理者達は出井氏のリーダーシップを受け入れないようになっていきました。
 また、社外取締役中心の取締役会、EVA、CEOとCOOなど、欧米社会に合わせて進化してきた欧米式のガバナンスを、日本型経営スタイルを持ったソニーにあてはめることにも無理があり、より混乱を助長する結果になってしまったようです。


 一方、サムスンにおいては、イ・ゴニ会長が皇帝のような影響力を持っており、彼の意思決定には組織全体が従わなければならないというシンプルなガバナンス構造になっています。これが、ハイリスク・ハイリターンの半導体事業での意思決定において役立ちました。専門経営者体制であるアメリカや日本の企業がリスクの高い投資決定に踏み切れないときに、サムスン逆張りの積極投資を行い、市場を押さえることに成功したのです。
 しかし、今後サムスンが、市場の後追いではなく先頭走者となるのに従い、経営の不確実性が高まっていく中で、いつまでも「皇帝」が賢い判断を続けられるのか、は大きな課題です。イ・ゴニ会長の後継者としては、息子のイ・ジェヨン氏が確実視されていますが、イ・ジェヨン氏の経営能力は未知数です。
 さらに、イ・ゴニ会長以外の経営層は、実質的にはすべてオペレーションレベルの管理者の役割しか任されていないため、組織として専門経営者が育つ環境になっていない、という問題もあります。



イ・ゴニ会長は、「不正資金問題」により起訴され、2008年4月に、サムスングループの会長職を辞任しました。しかしながら、オリンピック誘致のために必要、という名分から、先日なぜか特赦となり、先月からとうとうサムスン電子会長として経営に復帰しています。
 この2年間ほどのイ・ゴニ会長不在の間、サムスングループの経営は「各社経営体制」に移行し、経営課題は、グループ内の協議会や委員会で検討されてきました。しかし、思い切った投資決定やそのスピーディーな実行には、やはり限界があったと言われています。
 しばらくの間解体されていた秘書室(戦略企画室)も再編され、これからかつてのスピード経営が復活するものと思われます。いったいサムスンはどこまで強くなるのでしょうか?

 しかしながら、この本で述べられている通り、サムスンの課題は、追いかけるべき目標がなくなり、経営判断の不確実性が高くなった状況で、さらに今後、カリスマ イ・ゴニ会長が去った後に、どのようなガバナンスが可能なのか?にあるのでしょう。
 ソニーは一足早く、そのステージに入り、さまざまな試行錯誤を続けてきています。しかし、ソニーの場合、何といっても、強いブランドイメージに加え、自由闊達な自主経営の遺伝子があり、ガバナンスに問題があろうとも、組織の現場での強さは以前として維持されているのではないかと思われます。 一方、サムスンの場合、強力な命令系統のもと、恐怖経営という接着剤で巨大な一つのカタマリをつなぎ合わせているイメージの組織ですので、リーダーシップがなくなった途端、組織はたちどころにパラパラと崩壊してしまいそうな感じがします。

 あらゆる面で対照的な両社ですが、今後、果たしてどうなっていくのか、興味はつきません。