「ガラパゴス化する日本」 吉川尚宏著 〜 勝つためにはゲームのルールを変える欧州企業

 最近、「ガラパゴス化」という言葉はすっかり定着した感がありますが、つくづく今の日本の産業の状況を的確に表現した秀逸なネーミングだと思います。
 家電業界においても、他人ごとではありません。
 日本という市場、またそこに主軸を置いている日本企業、さらにはそこに勤めている従業員、これらがそろってガラパゴス化しており、ますます世界市場とは距離が離れていっているように感じています。

 多くの人には知られていないのですが、白物家電の世界では、日本はきわめて特殊な市場に進化しており、日本以外の世界の市場とはまるで異なる商品が売られています。また、日本の消費者も、日本以外の世界の消費者とはまるで異なる価値観で商品を選んでいます。
 これは、50年余りもの間、1国だけでも規模が大きい日本という閉じた市場の中で、多くの製造メーカーがひしめき、ドツキ合いの競争を繰り広げた結果です。日本メーカー同士で、組んずほずれずの競争を行ってきた結果、海外メーカーはみな弾き飛ばされ、日本企業だけの間で独特な競争ルールが作られてきたのです。
 一方、日本以外の国では、国・地域をまたいで、企業活動が行われてきたため、国ごと、地域ごとの違いはあるにせよ、完全に1国だけの閉じた市場と言うのは存在していません(あえて言えば韓国市場がそうですが)。
 さらに、世界市場では、早くからグローバルに事業を行っていた欧米企業に加え、90年代初から韓国メーカーがグローバルな視点で市場を開拓しはじめ、90年代後半からは、中国メーカーも桁違いの生産規模とコスト力で市場を侵食するようになってきています。こうしたグローバルプレーヤーと、日本のリージョナルプレーヤーとの間には、規模の面で大きな差がついてきているのです。

 日本企業は、日本の「裏庭」である東南アジア市場で一定のプレゼンスを持っている以外には、日本以外ではほとんど撤退を余儀なくされています。かつて80年代には高いブランドイメージを誇っていた中国でも、一部の成功例を除いては、すでに日本ブランドはほぼ駆逐されてしまいました。
 ましてや欧米では、ここ20-30年日本の家電ブランドの白物家電というのは、まったく存在していませんでした(電子レンジを除いて)。消費者にとっては、「TVやデジカメのメーカーが、洗濯機なんか作れないだろう??」というイメージなのです。

 それでは、なぜ海外市場に力を入れないのかというと、売上と利益の大部分を生み出す日本市場での競争に経営資源を優先配分せざるを得ない、という事情があるためでしょう。将来を考えると海外市場に投資すべきことはわかっていても、日本市場でのドツキ合いに一瞬でも手を抜けば、販売は一気にダウンし、海外へ投資するためのキャッシュフローも得られなくなり、取り返しのつかないことになってしまいます。
 さらに大きな課題は、多くの日本メーカーが、日本市場と言う特殊な市場に合わせた製品開発・技術開発を行ってきたために、海外市場に合わせた製品開発を行うためのノウハウや人材、さらにはヒトのマインドまでが欠けているということでしょう。
 こうした状況の中、今後人口も減少し縮小していく日本市場に引きこもるって守るのか(これは撤退戦になっていきますが)、あるいは、あえて困難に立ち向かい攻めに転じるのか、各社は選択を余儀なくされてきているのです。


 さて、この本は、面白い視点を提示しています。

 まず日本の「ガラパゴス化」について、日本製品ガラパゴス化、日本と言う国のガラパゴス化、日本人のガラパゴス化、という3つの要素に分解して分析しています。
 さらに、これら3つのガラパゴス化の組み合わせによって、将来起こりうるシナリオを8通りに整理し、現在の状況である「総ガラパゴス化シナリオ」という最悪の状況から、もっとも望ましい「完全開国シナリオ」へたどりつくための、ルートを検討します。
 そのためのヒントとして、脱ガラパゴス化に成功している企業群の事例を分析し、彼らに共通しているキーワードを抽出していきます。
 最後に、共通のキーワードとして抽出されたヒントのうち、最も重要と思われる「ゲームのルールをつくる、かえる」「国や企業の中に出島をつくる」について、考察していきます。


 著者のロジックのストーリーは、わかりやすいですいし、具体的でもあります。結論として導き出されている内容も、もっともだと思われる内容です。もっとも、それをどうやるかが課題なわけですが。

 特に、「ゲームのルールをつくる、かえる」については、まさに進行中の一つの事例が思い出されます。

 欧州では、家電製品の省エネ性能を表示する「エネルギーラベル」というものが店頭の商品に貼られています。冷蔵庫の場合、ラベル上には、C、B、A、A+、A++といった等級で、商品の省エネ性能がランク付けされています。
 昨年、欧州市場で、ある日系ブランドの商品が、独自の省エネ技術を駆使し、欧州ブランドが実現できなかった最高省エネランクの商品を発売し、市場を席巻しました。伝統的な地場メーカーが市場を押さえ、韓国ブランドも歯が立たず、ヨーロッパで一番参入が困難と言われているドイツ市場で、初年度でいきなり高級価格帯において二桁の市場シェアを確保したのです。
 欧州の地場ブランドとっては、おひざ元の庭を荒らされたわけであり、当然意地でもつぶしにかかってくるはずです。マーケティング担当者はクビものでしょう。
 こういう場合、日本やアジア市場ならば、プロモーション合戦や価格戦争がはじまります。しかし、ドイツでは過度なプロモーションも、価格戦争も起こりはしませんでした。代わりに起こったのは、競争のルールを変えることだったのです。ドイツブランドを主体にした欧州の工業会は、エネルギーラベルの基準自体を変更し、最高ランクの下限値を下げ、他メーカーの省エネ性能が劣る商品も高いランクを表示できるようにしようとしているのです。
 エネルギーラベルの基準は、たびたび変更されていきますが、通常、基準は毎回厳しくなっていくのが常であり、省エネ性の要求が厳しくなっている中で、あえて基準を緩める、というのは前例がないことです。その目的が、新規参入した日系ブランドつぶしにあることは明白でしょう。勝つためにゲームのルールを変えるのは、スキーのジャンプなどのスポーツの世界だけではないのです。

 著者は、以下のように述べています。

 市場を支配するゲームのルールを鳥瞰的に眺める、そして、ルール自体を動かす。これが、デジタル化が進み、グローバルな水平分業が進む中での企業の勝ちパターンである。そして、提携戦略、メディア戦略、ロビー活動戦略といった、これまであまり日本企業が使ってこなかった筋肉を活用していくことが重要となる。またこれから出来上がるルール、すなわち制度の設計に、日本はグローバルなレベルでもっと積極的に関与していく必要がある。


 いやはやもっともな内容です。
 我々は果たして、まるで使ったことのない「筋肉」を使うことができるでしょうか?