「超ガラパゴス戦略」 芦辺洋司著 

 昨日に引き続き、「ガラパゴス」つながりの本です。
 数ヶ月前に買った本ですが、途中まで読んだまま放ったらかしになっていました。さらに、間違ってアマゾンで同じ本をもう1冊買ってしまいました。今日、やっと通しで読むことができました。

 昨日書いた「ガラパゴス化する日本」が、日本製品ガラパゴス化、日本と言う国のガラパゴス化、日本人のガラパゴス化、という3つの要素から、マクロ的にガラパゴス化の分析とその対応を試みていたのに対し、こちらの本は、「日本製品ガラパゴス化」に的を絞り、より具体的な分析を行っています。

 この本の特徴は何と言っても「戦略フレームワーク」の切れ味の良さです。
 ガラパゴス化を超えるための戦略として、まず「2×2」の4つのセグメントで、静的にビジネスの特徴を切り分け、さらに4つのセグメント間の移動という動的な視点から、考えられる戦略を4種類にグルーピングし、さらにそれぞれの戦略を実施するにあたっての、もう一段具体的な個別戦略についてまでを分析・提案しています(と一言で言っても何のことかわかりにくいですが)。
 経営戦略の検討においては、複雑でからみあったビジネスの現状をもとに、キーとなる軸を探し出し、わかりやすく使い勝手の良い2×2のセグメンテーションを描けるか、が第一のポイントになると思います。4つの象限が出来上がれば、そのキャンバスに、さまざまな事例をあてはめ、さらに象限間の動きという動的要素を加えて、いろいろ頭をひねってみる。その中で勝ちパターンの仮説がいろいろと湧いてくるわけです。
 著者は、この本で紹介されているフレームワークを考えついたときには、思わず笑みがうかんだのではないでしょうか?さらに、グルーピング化したベクトルにネーミングを考え、アイデアをサポートする事例を並べていた段階では、人より早くこのアイデアを発表しなくては、といてもたってもいられなかったのではないでしょうか?
 そう感じてしまうほど、フレームワークは実に単純かつロジカルに整理されています。この本で著者が提示しているフレームワークは、経営戦略の検討において、現状を分析し、シンプルな方向性を打ち出していくうえで、非常に使い勝手が良いものだと思います。ガラパゴス化にぶちあたっている企業にとって、とりあえずこのフレームワークを使えば、何かしらの方向性を導くことはできるわけです(それが最適解かどうかは別にして)。

 しかし、私は、この本で書かれているシンプルなフレームワークに、何かしっくり来ないものを感じています。
 それは、何なのでしょう?
 一つは、戦略がシンプルすぎて、キレイごとすぎるのではないか、という生理的な感覚でしょうか。シンプルなストーリーの陰で、ポイントになるさまざまな要素が無視されているのではないか、という感じを受けます。ただし、本来シンプルにぶったぎるのが経営戦略ですので、これは私が戦術レベルの仕事に埋没している人間で、戦略的マインドが不足している、ということを示しているだけなのかも知れません。

 もう一つは、この本全体に流れている、日本企業の強さに対する楽観さでしょう。
著者は、以下のようにのべています。

 「超ガラパゴス戦略」は、日本の持つ独自の文化や環境を積極的に活用し、世界に通用する産業を戦略的に生み出そうとするものである。積極的な意志と明確な指針をもってガラパゴス化を実行するということである。
 一方で、世界に進出した後に、絶滅あるいは外来種に駆逐されてしまっては意味がない。「超ガラパゴス戦略」のもう一つの神髄は、この模倣を防ぐ仕掛けである。
その術は3つある。 
1.形式知化しにくく、真似されにくい種を見つけて進出する 
   例:・外国では模倣できない日本のアニメ

2.モジュラー化ではなく、インテグレーション(統合)を行って進出する
   例:・ハードだけでなくメンテというソフト面がインテグレートされている
     コピー機のビジネス。
     ・下請け企業との間で製造プロセスがインテグレートされている
      自動車のビジネス

3.コアの技術をリバースエンジニアリングできないようにするブラックボックス
   例:・ロータリーエンジンの制御
     ・シャープの液晶テレビ 亀山工場
     ・製造工程を徹底自動化して国内に閉じ込めるキャノン 
  
 1.については、以前に読んだ「見せない資産の大国・日本」という本を思い出します。 http://d.hatena.ne.jp/santosh/20100328/1269802910
 日本企業のオペレーションや製品には、可視化が困難で暗黙知となっているこだわりの部分が多くあり、それが差別化要因になっているという事実は確かにあります。ただし、それが「ビジネス」としてなりたっていないのが今の課題なのです。
 製品における細部や品質に対するこだわりは、確かに商品の品質や性能を上げてはいます。しかし、それに見合うリターンがお客様から得られているのか、というと、答えは殆んどがNOです。ノウハウが「可視化」されていないだけでなく、お客様にとっての付加価値も「可視化」されていないのです。最大公約数で、大雑把に、効率的に製品を大量に生産するビジネスモデルにはまるで歯が立ちません。こだわりの極致である日本のサービス業にいたっては、国際競争力はゼロに近いと思います。
 あまりにメインストリームから外れニッチな産業であるアニメくらいしか、事例に挙げることができないのが実情なわけです。


 3.については、成功例として挙げられているシャープ自体が、亀山工場の設備を南京の中国メーカーに売却することにしてしまいました(亀山市はシャープに対し補助金の返却を要請しているそうです)。


 こちらも、1.と同様に、ブラックボックス化した技術の価値を、お客様はコストに見合うレベルまで評価をしてくれないというのが課題です。モジュール化を活用したメーカーはグローバルにオープンなネットワークで、巨大な生産量を構築し、一気にコストダウンを図ってきます。ブラックボックス技術がいくらすごかろうと、大きなコスト差と、デファクトスタンダード化、関連するアプリケーションの多さには、対抗しようがありません。日本企業は価値の下がってしまったブラックボックスを抱えたまま、呆然としている状態ではないでしょうか?

 私は、「ガラパゴス化」を超えるために重要なのは、この本の中にも「iPhone」や「You tube」の事例を紹介しながら若干触れられている、「意味的価値」にあるのではないかと思っています。
 著者は、この「意味的価値」を基本フレームワークの中には落とし込んでいませんが、補足のような位置づけで、言及しています。 
 「意味的価値」を、厳しい消費者のいる日本市場でガラパゴス的に進化させ強力なものとし、海外進出における競争力強化につなげる。さらに、それにあたっては、価値を生み価値を加える部分をブラックスボックス化して、容易な模倣を防ぐ仕掛けを講じる。

 しかし、私は、まず、意味的価値を日本で創出し、グローバルに展開できるかについて疑問に感じています。日本と言う市場が、著者の言っているように、非常にこだわりがある特殊性を持った市場、であるからこそ、日本にファインチューンされた意味的価値は、グローバルには評価されにくくなっていると思います。著者は、アニメの例を出してそれは可能だ、というわけですが、アニメは所詮ニッチでしかありません。また、「i-mode」は、日本では大きな価値を生み出したサービスでしたが、海外では結局普及させることができませんでした。
 数値化できるわかりやすい「機能的価値」は、文化的な障壁が少ないので、日本から海外へのグローバル展開が容易です。ですから、日本企業は今まで機能的価値で勝負してきました
 日本の企業文化には、「機能的価値志向」がしみこんでいます。

 いったいどうすれば、グローバルに共通な意味的価値を日本で生み出して、育てていくことができるのでしょうか?

 また、意味的価値を生み出すための仕組みなど、果たして著者のいうようにブラックボックス化できるのでしょうか? 
 You tubeのようなイノベーションは、ブラックボックスというより、オープンな関係から生まれてきているはずです。
 それではiPhoneはどうでしょうか?
 私は、アップル社に、イノベーションを生み出す特有な仕組みがあるかどうかは知りませんが、アップル社のイノベーションとは、基本的に、スティーブ・ジョブスという傑出した人物のセンスとリーダーシップによるものが大きいと思います。

「意味的価値」をどう生み出していくのか?
 この本には、その答えへのサジェスションはありませんが、私個人のテーマとしては、これから継続して考えていきたいと思っています。


 以上のように、具体的に気になるポイントを考え始めると、果たして著者の提示する切れ味のよい戦略は本当にワークするのかという疑問が湧いてきます。もしかすると、本書に書かれているのはサワリだけで、本当に価値のある内容は、コンサル用に控えているのかも知れません。
 とは言うものの、考え方を整理するためのとっかかりのフレームワークとしては、使える内容の本だと思います。