「イタリア式ブランドビジネスの育て方」小林元著

 普段行かない本屋さんで偶然見つけて買ってきました。字が大きく読みやすいので2時間ほどで読めてしまいました。


 著者は、東レが開発した「エクセーヌ(日本名)」という極細合成繊維を欧州で販売するため、北イタリアに合弁会社をつくり、一からラグジュアリーブランドをつくる経験をしてきたという非常に珍しい方です。恐らく欧州でブランドをつくった経験を持っている人は、日本では他にいないのではないでしょうか。

 そこでのマーケティング手法は、
・アッパー+アッパーミドル層のみをターゲットにし、
・日本での2倍の高価格をつけ、
・供給は増やさず、不足気味に抑え、
・「Alcantara」という名前で、時間をかけてブランドづくりを行い、
・需要が飽和し販売不振となっても、値下げすることなく、感性が評価される業界へ用途を拡大させ、
結果、欧州でのプレミアムブランドを確立したとのことです。
http://www.alcantara.com/en/experience/applicazioni/applicazioni.shtml

 これは、北イタリアのアパレル業界が、50年代〜70年代にかけて確立してきたビジネスモデルそのものであり、アメリカ型の「マスマーケティング」=大企業によるCOMMODITYの大量生産・大量販売モデル、とは、対極のモデルとのことです。

 著者は、日本においても、
・中小企業のものづくりのベース(加工技術・素材)が存在していること、
・国内に感性を重視する消費者層が出現してきていること、
・「日本」という国に欧州と異なる独自文化のベースが存在しており、商品に独自のイメージを付加できること、
から、北イタリア同様のラグジュエリーブランドのビジネスモデルを移植することは可能であり、それが、日本の産業を活性化させる一つの手段になるのではないか、という提案をしています。

 強く同感するのは、「日本のものづくりは、QCDのカイゼンを追及してきたが、それでは作っても売れなくなっている。そうした「機能」一辺倒のものづくりから、「感性」を取り入れたモデルへと変革しなければならない」、という点。著者は、これを「用」と「美」という言葉で表現しており、本来、日本では、江戸時代から「用」と「美」のバランス存在していた、と述べています、

 これは、私が関係している家電業界でも、まさに直面している大きな課題です。日本やアジア市場を考える限り、まだ「機能」が消費者をリードする市場であるため、課題として露呈してきてはいないのですが(これも時間の問題かとは思いますが)、欧州市場に手を染めた瞬間に、途端に直面する課題です。
 我々は往々にして、言葉では、「感性」は重要だとは言っているものの、基本的にQCD(品質・コスト・納期)を改善することが商品企画であり、競争はこれで決まると考えています。
 課題は、数字・スペックで表現できる「機能」面での目標は定量化できても、「感性」にまつわるポイントが、数値化・定量化できない、よって、社内で共有が困難、ということです。
 たとえば、ある商品が「感性」面が評価され(感性面=デザインと考えてよいでしょう)ヒットしたとする。しかし、次の商品企画において、そのヒットを継続させて、より感性的に優れたものを生み出していくための、仕組み・プロセス・基準・さらには風土、がない、ということです。そのヒット商品の商品企画・商品づくりに参画したメンバー間では、同じ感覚を共有できても、それは暗黙知でしかなく、それ以外のメンバーとは話が合わない、よって、次の商品作りにそのノウハウが活かされない。結局、一発まぐれ当たり、で終わってしまうわけです。

 日本の大手ものづくりメーカーにおいて、こうした「感性」面で勝負しているメーカーはほとんど見たことがありません。日本メーカーが作ってきた成功例は、その競争優位は時代とともに「価格」→「品質」へと推移してきてはいますが、みな「機能」面での優位性によるものです。自動車しかり、電機しかり。

 家電の世界でも、TVやデジカメ、ムービーカメラなどで、日本メーカーは、欧州でもブランドを作っているのではないか、と言われますが、それらは、みな技術革新が商品カテゴリー自体を作り出したり、ひっくり返したりしてきた業界であり、あくまで「技術」がベースにあります。
 それにプラスして、「技術」の高い商品を印象的にアピールし販売するためのマーケティング。ですが、ここで言うマーケティングのポイントは、新しい商品をどれだけ短い時間で大量に市場に流し込むか、という点に主眼が置かれたマーケティングであり、ブランド構築とは違う概念です。

 AV商品においては、まだ技術革新が継続していますので、技術起点のビジネスモデルは十分有効かと思います。しかし、ダイナミックな技術革新の乏しい「白物家電」においては、収益性のあるビジネスを実現するためには感性価値での優位性が不可欠化と思われます。

 日本メーカーにおいては、「技術」を起点にした「機能価値至上主義」がビジネス上の基本的な考え方になっており、「感性」という、ふわふわした捉えどころのない切り口は、相性が悪いと言えます。反対に、機能面ですでにトップクラスの商品をつくる力がある以上、そこに感性価値を加味できれば、確固たる競争力を打ち立てることができるかもしれません。
 この課題を解決しない限り、感性価値を非常に重視して躍進している韓国ブランドに対抗して成長を続けることは困難だと考えます。

 この課題に真っ向から挑戦している「レクサス」は果たして成功するのか、その冒険の行方は気になるところです。