「ブルー・オーシャン戦略」W・チャン・キム+レネ・モボルニュ著

 今年の夏休みに読んで、いたく感心した本です。

 数年前から、この本が本屋に平積みになっていたのは知っていたのですが、「血みどろの既存市場ではなく、未開拓な市場(ブルーオーシャン)を創造すべき」などという紹介文の字面だけを見て、「そんなの言われなくたって当たり前じゃん、出来たらとっくにやってるわい」と、読まず嫌いになっていました。

 あらためて、この本を読む気になったきっかけは、北海道に帰省した帰りの千歳空港の本屋で、「ブルー・オーシャン戦略 実践ワークブック」という図解本を発見したためです。
 海外のビジネス本にしては珍しく、やけに実践的なワークシートがたくさん載っており、ちょうどその頃、仕事の上でしきりに考えていた、商品の「機能価値」と「感性価値」という切り口も、方法論の中に組み込まれていたことが目を引いたのでした。
 早速、家の近所の瀬田川河畔で日光浴しながら、1時間ほどでこの図解本を読んだのですが、予想以上に面白く、オリジナルの本の方も買って読むことにしたわけです。


 さて、この本のどこがスゴイかと言うと、

1.単なる概念ではなく、そのまま使える実践のための方法論が、ひと揃い提示されている。

2.戦略をつくるだけでなく、その戦略を実践する際にぶちあたるさまざまな壁をどう乗り越えるか、についてまで方法論化している。
ということです。


 ふつう、ビジネス本は、いろいろな事例の紹介をベースに、これらを一般化するとこんな成功のパターンが見つかりました、こんな失敗のパターンがありました、というふうに、パターン発見・問題提起、程度の内容が多く、それじゃ具体的にどうしたらええねん、という疑問への答えは提示されない場合がほとんどです。
 以前にとりあげた『イノベーションのジレンマ』もそういう本で、パターンを発見したことはすごいし、重要な問題提起なのですが、どうしたらジレンマを解決できるのか、の具体的なやり方までは書いていないので、みな困った、どうしよう?、のままで終わるわけです。
 本にそこまで書いてしまうと商売にならないので、肝心の部分はコンサルティング用にとってあるのかとも考えていました。

 ところが、この本の場合、冗長な事例紹介やゴタクは少なく、前半部からトップギアで、具体的「方法論」の紹介に入ります。
 しかも、その方法論が実に練られており、多方面の視点を網羅しています。
 たとえば、戦略オプションの検討の例では、具体的に、どんなチームに分かれて、どんな図をつくって、どれだけの時間をかけて説明して、評価にあたっては何枚の付箋をどう使って....など、実に具体的であり、その方法も、なるほどこれならちゃんとできそう、と腑に落ちるものです。

 さらに、戦略をつくったあとに、実行に移すフェーズににおいて必ず直面するであろう企業内でのいくつものハードル − 従業員の意識のハードル、経営資源のハードル、士気のハードル、政治的なハードル − をどう乗り越えるかについてまで、具体的な事例をあげながら書かれています。
 実際の企業活動においては、戦略をつくることより、それを実行することの方が難しいわけですので、これは理にかなっています。


 この本がここまで実用的・実践的になっている理由としては、著者は単に研究をしているだけではなく、実際に多くの企業で、研究してきた内容をもとに戦略を実践し、その経験ををもとに、戦略実行のための方法論をブラッシュアップさせてきた、という背景があると思います。
 特に、SAMSUNGは、全社的にこの戦略を採用し、ブルーオーシャン戦略を専門的に推進する組織として、Value Innovation Program Centerという機関までつくってしまっているのです。


 また、この本の内容がすっと入ってきやすいのは、もしかすると、著者が韓国人の研究者ということも関係しているかも知れません。

 欧米のビジネス書にありがちな概念主体のアプローチではなく、具体的で身近な事実から積み上げていく帰納法的なアプローチは、日本人や韓国人にとっては親和性が高いと思います。
(この件は、欧州人と日本人のロジックの違いとして、別途書きたいと思っています)


 昔、韓国の留学時代に強く感じたのは、韓国人の「実学」志向です。
 当時の韓国は、まだ世の中全体に経済的なゆとりは少なかったためか、学生がお金を使って勉強するのは、個人がより偉くなってお金を稼ぐためか、あるいは、世の中全体をより豊かにするためであり、商売や世の中に直接役立たない学問をするのは、悪である、という風潮があったと思います。
 当時、大学で一番人気があったのは、「経営学部」でしたが、日本ではそういう学部自体がほとんど存在していなかったのではないかと思います。
 私が専攻していたのは「地理学」でしたが、それを言った途端に、韓国人のおやじさんから怒られたことがあります。どうしてそんな金にならないことを勉強しているのだ、ということのようです。 
 20年も前の話ですので、今では状況は変わってきているかも知れません。ですが、著者はその時代の韓国を経てきている人だと思いますので、ヨーロッパを拠点に経営学を研究していても、やはり身にしみついた実学志向が強く出てくるのかな、と推測してしまうわけです。
(勝手な推論です)