ローレンス・ヴァン・デル・ポスト著 「影の獄にて」を読む

 先日、映画「戦場のメリークリスマス」をひさびさに観た話を書きましたが、ネットで検索してみると、この映画にも原作があったとのこと。
 それが、ローレンス・ヴァン・デル・ポスト著「影の獄にて」です。
 なんと映画の主人公であるローレンス氏が、このお話の原作を書いていたのでした。



 この本、すでに日本では絶版になっているようですが、アマゾンでは中古が購入できました(定価より高かったですが)。
 昭和53年ですから、35年前に発行された本。活字の並びが郷愁を感じさせます。
 この本は、「影さす牢格子」「種子と蒔く者」「剣と人形」の3部作で構成されているのですが、映画の内容は「影さす牢格子」「種子と蒔く者」の2作の内容がもとになっています。

 
 この本を読むと、映画の出来事や登場人物のキャラクターは、原作を忠実になぞっていることがわかります。ただし、映画ではあまりにも時間が短かすぎたのか、原作の難解なテーマは、かなりの部分がカットされています。特に、デヴィッドボウイ演じる「ジャック・セリエ」にまつわる部分は、断片的なトピックをつなげただけになってしまっていて、原作で語られている宗教的なテーマはすっぽりと抜け落ちています。

 映画の中では、セリエの回想シーンで、子供の頃の弟とのエピソードが出てきます。弟が近所のガキ連中からいじめられるのを守る話や、弟が寄宿学校で新人イジメにあう(イニシエーションと呼ぶらしい)のを見殺しにしたりする話です。しかし、映画の中ではどうしてここで弟の存在が現れるのかはよくわかりません。
 原作を読めば、この弟の存在が、はじめに「種子」を蒔いた者として、物語の鍵になっていることがよくわかります。

 また、ヨノイとセリエの関係は、映画の中では同性愛のように思えるのですが、原作を読めば、勇気に対する尊敬のようなものである、ということがわかります。


 この本の内容については、下記のブログに実によくまとめられていますので、これ以上の紹介はやめておきましょう。
http://dndi.jp/00-ishiguro/ishiguro_133.php



 ローレンス氏は、二十歳ごろの若い時に、日本に赴き、1年ほど滞在した経験があり、そのために、日本人を単なる「敵」としてしてだけでなく、人間として見ることになりました。捕虜収容所での過酷な生活の中でも、ハラ軍曹のような、一般には野蛮に見えるキャラクターを客観的な視点で分析していきます。
 この本が発行された1950年代当時、イギリスでは、日本人のことをよく書きすぎているとしてずいぶんと非難があったそうです。
 現在ならどうなのでしょうか?


 むしろ現在の我々日本人は、この本を読んだイギリス人と同様に、この小説・映画に出てくる、当時の日本軍人・兵隊の姿に違和感を感じるのではないでしょうか?
 個人の人権の意識などなく、何かがあればすぐに激昂し、みなでよってたかって殴るけるの暴力をふるい、上官にはロボットのように絶対服従し、罪を行えば自ら切腹して償う。こうしたつい数十年前の日本軍の姿と、現代の日本人の姿にはあまりに大きな差があります。

 今の我々が当時の日本軍人を見る視点は、当時のローレンスの視点に近いのではないでしょうか?



 しかしそうは言っても、長い歴史の中で形作られてきた国民の文化的な特性や行動パターンがたかが60年あまりで変わってしまうことなどないでしょう。
 私含め、我々日本人は、いつでも当時の日本軍人を再演できる可能性を持っているのだと思います。

 それが良いことなのか、悪い事なのかはわかりません。
 20〜30年前の日本では、それを避けるべき悪いことだ、と考える風潮があったと思うのですが、最近はむしろそれが良いことだ、昔の日本軍人の精神に戻るべき、と考える人が多くなってきているように思えます。
 私が自分が左寄りだと考えているわけではないのですが、この傾向には生理的に違和感を感じている今日この頃です。