「なぜ日本の製造業は儲からないのか」 石川和幸著

 非常に端的でわかりやすいタイトルの本です。
 本文の内容も非常に明快で、構成もわかりやすいですし、各章の最後には、その章のポイントが箇条書きで整理されています。読む人のことをちゃんと考えて書いているな、ということがわかる本です。ビジネス本はみなこういう風にわかりやすくなければいけないと思います。


 さて、内容ですが、著者は、日本の製造業が儲からない理由を以下の5点にまとめています。

1.儲けるビジネスモデルが、戦略的にデザインされていない。
2.SCMができていないため、無駄な在庫や生産能力を持ってしまう。
3.儲けを損なう管理指標を設定している。
4.最終製品に経営経営資源を集中し、本来より儲かるアフターセールス分野をおろそかにしている。
5.ITが利益に貢献せず、金食い虫になっている。

 根底にあるのは、欧米企業で成功したと言われているキレイな方法論を鵜呑みにするのではなく、もともと日本の製造業が持っている、現場・現物主義の強みをベースにして判断していくべきだと言うことです。


 製造業に従事している私としては、なるほど、と思うポイントがいくつもありました。いくつか例をあげます。

・2003年〜09年の各業種における在庫金額の推移を見ると、多くの会社がSCMを導入してきたにもかかわらず在庫は一向に減っていない。

 この理由の一つは、工場の在庫のみを管理しても、流通在庫までを含めたトータル在庫を把握して、管理することを怠っていたこと。
 また、SCMのためのシステムを導入していても、業務オペレーションがシステム化されただけで、本来そのときどきの局面で行われるべき、マネージメントの判断がなされていないこと。むしろ、本来高度な経営マターである「計画」までが、オペレーションレベルに扱われ、自動化の対象にされてしまったこと。つまりSCMの「マネージメント」機能が働いていないこと。

 これは、おそらく指摘通りなのでしょう。多くの製造業では、PSI(Production, Sales, Inventory)をローリングさせて在庫・生産をコントロールしていると思いますが、そこには本来、販売をどう予測するのか、それに対して、在庫をどう持つのか(強めに持つのか、とことん絞るのか)、常にその時点での経営判断が反映されているはずです。
 本来、システムを導入する目的は、数字の収集や集計にまつわる業務を簡素化して、その分、的確な経営判断を行うための時間・労力を生み出すことのはずです。しかし、実際には往々にして、システムを入れたことによって、すべてが自動化され、オペレーションレベルの業務として回っていく、というとらえ方がなされてしまい、むしろ経営判断がないがしろにされていくことが多いようです。
 また、システム導入と人員削減がワンセットになることが多く、残された少ないメンバーは、システムのイレギュラー対応に忙殺され、判断を行うための時間がむしろ減っているのかも知れません。

 また、在庫管理を行おうとすれば、海外現地販社、あるいは流通業者までの在庫を含めたトータル在庫の管理をすべきであることは言うまでもありませんが、著者によると実際には多くの企業では、それができていなかったようです。「ジャストインタイム」と言いながら、それは工場単体レベルの在庫削減であり、一方で販売現場には在庫が積みあがっていたのが、リーマンショック後の自動車業界の状況だったようです。


・企業の競争力にかかわる分析・判断・意思決定業務は、手順は標準化できるが、中身は標準化できない。こうした業務をシステム化して無駄にリソースを消費せず、良い「属人化」を推進すべし。

 ITの導入というのは、標準化を狙っており、悪である「属人化」は排除すべし、というのが常識だったと思います。しかし、著者は、標準化した業務は競争力を生まない、標準化できない経験知やスキルが競争力の源泉である、と言っています。言われてみればもっともなことですが、ITの導入時の検討時には忘れがちなポイントです。本来、他者にマネできない「暗黙知」にこそ競争力があるわけです。


 このように、この本は、いろいろな問題点を提起して気付かせてくれます。しかし、それではいったいどうすれば良いのか、という点については、残念ながら課題の提起、あるいは成功例のさわりの紹介程度で終わっていますので、もっとつっこみが欲しいと感じてしまいます。
 これ以上は、著者の本職のコンサルティングの領域になるので、聞きたければ別料金ということなのでしょう。
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