「技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか」 妹尾堅一郎著

 今日は真打ち登場です。
 タイトルを見れば、どんなテーマについて書かれているのかがすぐわかる本です。1年前に出版されていますので、本屋では何度も見かけていたのですが、「知財」という絞られた切り口から書かかれている本なのかと思い、あまり興味が無く、買わずにいました。

 先日あらためて本屋でページをめくってみると、ビジネスの全体像を俯瞰して語っている本だということがわかり、買い込んできて一気に読んだわけです。

 ビジネスモデルにおいては、「すり合わせ」と「モジュール」、「オープン」と「クローズ」、「垂直統合」と「水平分業」といったさまざまな概念が語られています。しかしそれらは、状況によって使い分けられるものであり、どれか一つが絶対的な正解だと言えるようなものではありません。
 それでは、成功している企業、失敗している企業を分けているものは果たして何なのか、その背景にある、一見混沌として見えるロジックを解き明かし、モデル化してくれるのがこの本です。

 著者はそのモデルを「三位一体の事業戦略」と呼んでいます。
1.製品特性(アーキテクチャー)に沿った急所技術の開発。
2.「市場の拡大」と「収益確保」を同時達成するビジネスモデルの構築。
3.独自技術の権利化と秘匿化、公開と条件付きライセンス、標準化オープン等を使い分ける知財マネジメントの展開。

 この内容の意味するところを説明するためには、かなりの文量が必要になります。日本の製造業にとっては、常識だと思われていることを否定することになりますので、言葉の定義や現状認識からきちんと説明をしていく必要があります。(ここではその内容についてまでは書きません) 
 なぜ多くの日本企業が、90年代に入り衰退してきたのか、またその処方箋は何なのかについては、今まで多く本が出されていますが、私はこの本が最もわかりやすく状況を整理していると感じます。今までバラバラに耳にしていたいろいろな考え方が、この本ではじめて一つのロジック・ストーリーにまとまった、という印象を受けました。

 今までこのブログで紹介してきた関連書籍と、この本の内容を比較してみましょう。


●「なぜ日本の製造業は儲からないのか」 石川和幸著

 この本は、現場の人間としてもっとも思う内容が多いのですが、基本的にSCMやITの経営への活用など、オペレーションに近いレベルのことをテーマにしていました。「儲けるビジネスモデルが、戦略的にデザインされていない」という指摘はあったのですが、欧米企業のビジネスモデルと比較して何が異なっており、どうすればよいのか、という点までの突っ込みはありませんでした。


●「アクセンチュア流 逆転のグローバル戦略」西村裕二著

 欧米企業のハイパフォーマンス企業との比較で、日本企業がどう変わっていくべきかを述べている本です。もっともな内容が多く書かれているのですが、やはり製造業として最も重要な「イノベーション」に関する提案がなかったため、オペレーションレベルでの提案のように感じられ、果たしてどうやればできるのか、について疑問符が残る本でした。


●「ガラパゴス化する日本」 吉川尚宏

 脱ガラパゴス化のために書かれている処方箋の方向は、この「技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか」に近いのですが、全体像を整理し、応用できるところにまでは整理できていませんでした。


●「超ガラパゴス戦略」 芦辺洋司著

 こちらの本で書かれていることも、一部「技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか」の内容と重なっています。ですが、こちらの本で違和感を感じ、答えがなかった課題が、この「技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか」において、やっと整理された形で、全体像として提示されていると言えます。


●「『見えない資産』の大国・日本」 大塚文雄、R・モース、日下公人

 日本人にとって気分が良くなるような内容ではあったのですが、実際のビジネスには参考にならない本でした。日下公人という方は、ここで紹介した他の著者の方々とは違って、ビジネスではなくジャーナリスティックな著作業をメインにされている方なのでしょう。



 以上のように、今まで読んできた本は、部分的に良い指摘があっても、断片的な考察でしかなかったのですが、この「技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか」によって、始めて全体像が、一般人にもわかる形で整理されたと言えるでしょう。

 アメリカにおいて、2004年に出された "Innovate Amarica"というレポート(俗にパルミサーノ・レポートと呼ばれる)が、その後、「イノベーション主体の競争力強化」というアメリカの産業政策において共通のベースとなったように、この本は、今後の日本における企業活動・産業政策の共通見解・ベースになりうるもののではないかと思います。
 以前、このブログで紹介した、経済産業省の「産業構造ビジョン」は、明らかにこの本の内容が下敷きになっています。

 極端に言えば、なぜ日本企業が欧米企業に負けたのか、その分析については、いったんこれで枠組みは出来たと言えます。
 次は実行です。
 なぜ負けたのかはわかっていても、やはり手が打てず、今までと同じようにずるずる負け続けるのか?
 あるいは、有効な手を打って、状況を打開するのか?
 これからの課題は、実行のための勝ちパターン・方法論を積み上げていくことでしょう。