「アクセンチュア流 逆転のグローバル戦略」西村裕二著

 現在の日本企業を対象に書かれた本なので、我々がまさに喫緊の課題として認識しているテーマがとり挙げられています。グローバルに戦い、そして苦戦している、日本企業で勤務している人達には、実感を持って読むことができるでしょう。

 一般に日本企業では常識のように思われている事柄について、グローバル「ハイパフォーマンス企業」との比較と言う視点から、異なる解釈を紹介されており、「成程そういうことだったのか」と思わされる点がいくつもあります。

 結論としては、今までこのブログでも紹介してきた、いくつかの別な本でもたびたび述べられている方向性とほぼ同じです。しかし、今まで読んできた本の中では、この本がいちばん広範な課題を網羅して、全体像を整理していると思います。グローバルなハイパフォーマンス企業の経営を見てきた著者による、日本企業の将来に対する危機意識もよく伝わってきます。

 いつもどおり、「日本企業にとっての具体的な方策」については、考え方・方向性程度しか述べられておらず、具体的な処方箋までの突っ込みは少ないのですが、そこはアクセンチュアの宣伝本ですので、あとはコンサルで、ということでしょう。

 内容を書き出すとキリがないのですが、いくつかポイントを整理しておきます。


 世界は、高度成長期の「3極世界」から、新興国が力を持つ「多極化世界」へと転換している。この20年近くの間に、グローバルに成功しているハイパフォーマンス企業は、「多極化世界」に適した経営を着々とつくりあげてきた。日本企業が彼らに対抗するには、トップから現場まで、高度成長時代から引きずってきている価値観を、多極化世界に合わせたものに変える必要がある。
 変えるべき価値観は以下の5つ。


1.内需信仰
 「3極世界」の時代には、日本市場に重点を絞る戦略は正解だった。しかし、現在の「多極化世界」では、日本市場は特殊な市場であり、日本でトップになることが、世界でトップをとるための前提条件ではない。

 ⇒まさにそのとおりです。みなが言っていることですが、日本に住んでいると実感しにくいことでもあります。


2.ハイエンド志向
 日本企業はローエンドからハイエンドへと技術力を進化させてきたため、ハイエンドで勝負することにこだわり、ローエンドでは儲からない、という先入観を持っている。
 しかし、ローエンドで儲けている海外のハイパフォーマンス企業は数多くある。
 サムスンのリバースエンジアリングのような商品開発面での手法だけにとどまらず、アフリカの低所得者層に携帯電話を販売するビジネスモデルを構築したノキアの「ヴィレッジフォン」プログラム、酪農家の支援・教育からスタートし「インフラづくり」を通じて乳製品の市場を拡大させたネスレの事例など、創造性を発揮すれば、ローエンド市場で利益を上げることは可能なのである。

 ⇒いくつかの事例を紹介されていますが、本当にこうした取り組みで、ローエンドで利益を生んでいるのか、いまいち信じられないというのが本音。個別原価表見せてくれ、というところです。



3.自前主義
 3極世界時代には、日本には、「質」・「コスト」面で優れた資源があったため、日本ですべてのプロセスを完結させる「垂直統合」は正解だった。しかし、多極化世界では、新興国中心に、低コストで高品質な部品やサービスを提供する企業が増加している。
 ハイパフォーマンス企業では、バリューチェーンを分解し、自社がベストな成果を出せる活動のみを自前とし、その他の活動は外部からQCDで勝るベストなプレーヤーを選択している。
 いわばグローバルレベルの「ドリームチーム」をつくっているのである。

 ⇒ドリームチームに、ローカルリーグレベルのチームで挑むのでは、最初から勝負は見えています。とはいうものの、垂直統合のベースで事業を行っている場合、バリューチェーンの一部を切り分けて、自社のシステムに「つなぐ」ということが簡単にはできません。そのためには、この本で紹介されているとおり、まずは「標準化」を行わねばならないということになります。



4.「カイゼン」志向
 これまでの日本企業は、現場の個々人がアイデアを出しながら「カイゼン」を行うことにより、競争力を強化してきた。しかし、グローバルに展開する企業のパフォーマンスを大幅に高めたのは、「標準化」である。
 日本では「標準化」を単なる「マニュアル化」と捉える企業が多いが、スケールを活かした大幅なコストダウンや、業務スピードと効率の飛躍的な向上、さらには経営の「見える化」と経営サイクルのスピードアップには、「標準化」は欠かせない要素である。

 ⇒「カイゼン」を超えることは昨今の流行語になっているように思います。オペレーションレベルでチョコチョコ「一銭」単位の改善を行っても、競合他社のダイナミックな仕組みの改革に、一瞬に吹き飛ばされてしまうという無力感を、みな感じていることでしょう。



5.現場への権限移譲
 日本企業では、大企業病を克服するために、現場に権限を委譲する「小さな本社」改革を行ってきた。しかし、結果として、本社は中途半端な存在となってしまい、「放任経営」化している。多極化世界への対応においては、戦線はさらに拡大していくため、「細かい組織・細かい業務」の積み上げでは、組織やオペレーションの非効率性が高まり、業績の管理もますます困難になっていく。
 ハイパフォーマンス企業は、「強い本社」による双方向マネージメントを行っている。現場まで丸裸な状態で、リアルタイムで異常を見つけ、現場とともにアクションを取っていく。末端まで目が届くため、経営目標の達成率が高くなる。そのためには、「標準化」→「見える化」→「細かいレベルまでの管理」というステップによる取り組みが必要である。

 ⇒事業・マーケットが複雑になると、組織間の相反する課題を解決する必要があるため、現場からのボトムアップでは、何も決まらなくなります。トップマネージメントレベルでなければ調整不可能なのです。私の日々の仕事も、本来のマーケティング業務よりも、課題を判断できそうな役員レベルまで、くりかえし状況を整理し報告するという非効率な業務が大半になってしまっています。




 しかし、これらの変革は、自社の実力ではできないのではないか、という不安を抱える企業が多い。典型的は不安は、以下の3点。


1.スケールが十分ではない
 今では日本企業の多くは世界シェアを奪われ、はるか先を行ってしまった世界の競合には、スケール面で太刀打ちできないのではないかと考えている。
 グローバルにシェアを取れる可能性のある事業にフォーカスすべきなのだが、売上の落ち込みを増やしたくないため、少しでも売上に貢献している事業を捨てられない。
 現実的な路線は、コアでな事業を「捨てる」のではなく、コアになる事業を「選択」し、そこに十分な資源を投入し、グローバルシェアを取りに行くことである。一つの製品でグローバルシェアを取れれば、そこで築いたプラットフォームに次の事業をのせ飛躍的に拡大していくという、ハイパフォーマンス企業の歩んできた成長パターンを踏襲することができる。

 ⇒言うは易しいのですが。。 ある商品でグローバルシェアをとるためには、技術者も大量に増やす必要がありますが、製品をきちんと設計できる技術者を育てるには時間と経験が必要。かといって、外から雇えるほどの人材も世の中には存在していないのです。


2.任せられる人がいない
 新しい地域へ進出したり、買収した企業をマネージメントするにはリーダーが必要だが、そうした人材がいないことがボトルネックになっている企業も多い。
 ハイパフォーマンス企業のように、次世代リーダーを会社の共有財産として、しっかりとしたマネージメントで育成すれば、何とかなることが多い。

⇒高度成長期には、事業部制などの現場への権限移譲によって、若手が小さなPDCAをいくつも回す経験を積むことによって、育っていく環境がありました。しかし、昨今では、事業環境が複雑となり、PDCAサイクルの直径が大きくなってしまい、事業部長クラスでも決定できない事柄が増えてしまっています。意識的なマネージメントを行わない限り、次世代リーダーが勝手に育っていくことは期待できません。ごく稀に、「生れながらのリーダー」がいるだけです。




3.英語を話せる人が少ない
 多少の費用がかかろうとも、同時通訳を雇うべき。戦略を実行できるなら、そのコストは安い。

 ⇒確かに経営層レベルを対象に考えれば同時通訳を雇ってもペイするでしょう。しかし、課題は、製造・開発・品証・サービスといった現場のオペレーションレベルで英語ができないことです。オペレーションレベルに通訳者を張りつかせようとすると莫大な金額になってしまいます。アクセンチュアのように、付加価値の高い業務のみにフォーカスして事業を行っている会社ならペイするのでしょうが。



 日本企業がやらねばならないのは、世界不況で競合他社の成長戦略が停滞しているこの3年ほどの間に、ハイパフォーマンス企業のオペレーションを真似することである。ハイパフォーマンス企業のやり方は、大きなアイデア主体なので、わかりやすく、真似しやすい。
 日本企業はもともと深く掘り下げることは得意なので、いったん大きなアイデアを真似してしまえば、後は深く掘り下げていくことによって、欧米企業には真似のできない経営を行っていくことができる。
 しかし、そのための猶予期間は3年しかない。

⇒ 著者の言っている通りのように思えます。ですが、現実的にはほとんどの日本企業にとって、この3年間の間に先行するハイパフォーマンス企業のオペレーションを取り込み自分のものとすることはできないでしょう。
 結果として、不況期を脱し、ますますグローバル化し強力となった欧米・韓国企業に、最後の要である日本市場をも侵食され、日本企業はそのまま衰退していくのでしょうか。
 もう一度、とことん焼け野原になることが、新たなハイパフォーマンス企業が生まれ育っていくための条件なのかも知れません。


アクセンチュア流 逆転のグローバル戦略――ローエンドから攻め上がれ

アクセンチュア流 逆転のグローバル戦略――ローエンドから攻め上がれ