FM COCOLOリニューアル〜日本はいつか大人の国になるのか

 4月からFM COCOLOの番組内容が再編されています。
 FM COCOLOは、もともと「関西在住の外国人をターゲットにした放送局」という趣旨で設立されたFM局で、'95年の開局以来、他のチャネルでは聞けないさまざまな国の音楽や、地元在住の外国人によるDJなど、他のFM局とは毛色の異なる番組内容を続けてきました。
 私は、昔、奈良や北摂に住んでいた時に、車の中ではよくこのFM COCOLOを聞いていました。開局当初は、もの珍しさに加え、内容の素人っぽさ、手作りっぽさが、好感度を高めていました。ですが、ここ数年は、他のFM局にくらべ番組内容にエンターテイメント性が不足していて、こんなのでビジネスとして成り立っているのだろうか?と感じていました。
 今回、やはり経営不振のため、スポンサー主導で、根本的な運営改革に踏み切ったようです。外国語放送局としての基本的な機能は残しながらも、番組の運営は、すべてFM802に委託し、新たなコンセプトのもと、放送内容をほとんど入れ替えることになりました。

 新コンセプトは、「『Whole Earth Station』をステーションキャッチとし、40歳代半ば以上をコアリスナーとする本格的な大人のFMステーション」だそうです。

 『Whole Earth Station』というのは、何を意味するのかと思い、プレスリリースの文章を見てみると、
「ラジオ放送を通じて、時代をリードするライフスタイルにふさわしい音楽や情報を「大人」のリスナーにお届けしようという局のビジョンを表現しています。1970年前後にアメリカで刊行された「Whole Earth Catalog」は、エコロジー的な考え方やサステナブル・デザインの基本思想にもなっており、『Whole Earth Station』は、これをもとに、音楽や海外への好奇心が強い大人のリスナーとともに成長するFMステーションをめざすキャッチとして設定しました。」
とあります。この文章を読んで、何のことか意味がわかった人はよほどの通でしょう。私にはよくわかりませんでした。

 それよりも興味深いのは、40代半ば以上を狙うという、思い切ったターゲットの絞り込みです。実際に番組を聞いていると、その中でもコアに設定しているのは、60年代後半から70年代前半に多感な時期を過ごした、50台後半〜60台前半の人たちではないかと思われます。高齢層をターゲットにした「ラジオ深夜便」などのAM番組はありましたが、こういった年齢層を明確にターゲティングした音楽局というのは今までに例がなかったと思います。
 これは、FM802の第2放送局という位置づけだからこそできたターゲットの絞り込みでしょう。むしろ、そうすることによって、FM802とのヒッチを防いでいると言えましょう。

 先日、大阪まで車で出張する機会があり、往復このFM COCOLOを聞いていたのですが、私が感じたのは、局側の「マーケティングの匂い」が強すぎる、ということでした。局の新コンセプトをイメージさせるショートストーリーが番組の中でCFのように挿入されているのですが、あまりにコンセプトが明確すぎて、気恥ずかしくなってきます。50代後半から60代前半の人たちは、こういう逸話にビビッと心をくすぐられるはずだ、という内容を、これでもか、と直截的に表現しているのです。
 確かにコンセプトはわかりやすいのですが、聞いている方からすると、内容が作りこまれすぎていて、自分が入り込んで、解釈していく余地が少ないように感じます。今までのFM COCOLOが、素人的で作りこまれていないからこそ、リスナーそれぞれが自分の解釈で番組をエンジョイしていたのとは対照的です。
 このFMを聞いていると、広告代理店のプレゼン資料がそのまま目に浮かんで来ます。
 すべて作りこんで売り手から一方的に提供するのではなく、お客様が主体的に感情移入して自分なりの解釈をすることができる余地を残し、リスナー同士が、自分の感動やアイデアを口コミで相互に伝えていくことによって、番組がじわじわとしっかりと認知されていくような形。これが継続的にファンを確保するマーケティングだと思います。特に、自分に自信があり、流行にも斜めに構えているこの年代を狙おうとすれば、なおさらです。


 最近、このFM COCOLOの例に限らず感じるのは、マーケティングの対象となる年齢層が多様化してきた、ということです。
 もともとターゲットを細分化しやすい雑誌の世界では、「チョイワル」という流行語を生んだオヤジ向けファッション雑誌「LEON」など多くの例がありますし、化粧品のコマーシャルは以前から幅広い年齢をターゲットにするようになっています。
 今放映中の資生堂のTVCFには、40代前半の、もとアイドルが登場しているものがあります。河合その子石川秀美伊藤つかさの「その後」が見れるので、同時代の私としては、目が離せません。'70年代や80年代にこんなCFが想像できたでしょうか?当時のCFに登場していたのは、若年層ばかりだったはずです。

   誰が誰だかわかりますか↓


 70年代−90年代には、マスメディアに大量投入される宣伝の多くは、若年層を対象にしたものが多かったように思います。当時も、実際には、40-60代といった大人のマーケットは確実に存在していたはずなのですが、今よりも消費志向は強くなかったのかも知れません。
今の日本では、若者層は、失業率も高く、ガンガンモノやサービスを消費する風潮ではありません。むしろ、年齢の高い既成世代の可処分所得が相対的に高くなっているという状況もあるでしょう。

 ですが、私は、よりマクロ的な視点から見た本質的な背景は、戦後の日本における「価値観の変化」にあると思っています。戦後の日本においては、戦前までの日本の伝統的な価値観の徹底否定のもとで、若者を中心に民主主義(左翼的思想)に加え、大量消費・物質主義の価値観が一気に広まりました。旧い価値が否定されたあと、特に戦後生まれの若年層は、既成世代の束縛を受けることなく、自由に新しい価値観を受け入れ、それを謳歌するようになりました。世の中全体が、旧い価値観の大人を否定し、新しい価値観を持った若者を肯定すると、本来はサブカルチャーという位置づけでしかないはずの若者文化が、あたかもメインカルチャーのように扱われ、世の中の中心に躍り出てくるようになります。戦後の日本には、このような、世界の歴史的に見ても特殊な状況が出現していたのではないかと思います。そして、それが最も端的に表れていたのが、時代に敏感な消費マーケットだったのではないでしょうか。

 変化期において、順応性の高い若者が時代の中心となるのは、世の常でしょう。中国では、'90〜2000年代の社会体制変革期に、変革に適合できた若者の給料が中年以上のそれを遥かに上回っていました。カンボジアポルポト政権は、自発的にではなく、国家としてそれをやろうとし、資本主義に毒された既成世代を抹殺し、洗脳が可能な子供中心に国をつくろうとしました。
 しかし、それは歴史的な視点で見れば、時代の変化期における一つの特殊な一状況でしかありません。日本では、戦後の新しい価値観が世の中に根付き、当時の若者も老齢化すると、一時期のような年代による価値観の断絶はなくなってきました。若者と老人が同じような価値観を共有するようになってくると、マーケティング面でも、若者層だけにターゲットを絞るような乱暴なマーケティングはできないようになります。あらゆる年齢層を横並びで見て、よりきめ細かいセグメンテーションやターゲティングを行うことが必要になってくるのです。

 私は、戦後の1950年代〜'80年代ごろまでの日本は、長い日本の歴史の中でも最も大きな変化が起きた、特殊な時代だったのではないかと思っています。今、その急激な変革期が終わり、やっと世の中は落ち着いてきています。これからの日本は、若者中心の国から、再び大人中心の国へ戻っていくのだろうと思います。
 中・高年齢層をターゲットとするマーケティングにある背景とは、どの世代の可処分所得が大きいのかという次元の問題ではなく、世代による価値観の構造的な変化なのです。


 私は、すでに中年層に突入していますが、常日頃、日本には自分の年代をターゲットにした商品・サービスが少ないと感じています。
 ファッションの面では、30代くらいまでをターゲットにしているものは多いのですが、40代前半をターゲットにした、ビジネススタイルではなく、しかもカジュアルになりすぎない大人のファッションというのは少ない。ところが、ヨーロッパに出張すると、私の年代にばっちり合う服がたくさん売られています。
 飲食業でもそうです。若者向けのレストランはたくさんありますが、大人向けと言うと一気に値段の張るものになってしまい、大人向けのカジュアルなレストランというのが少ない。ところが、ヨーロッパではこうした大人向けの手ごろなレストランはたくさんあるのです。
 つまりヨーロッパでは、大人向けが基本であり、若者向けの方が特殊なわけです。
 日本でも、戦前までは大人たちのカルチャー、オヤジたちの遊び場がたくさんあったはずです。戦後の特殊な時期が過ぎ、日本は、子供の国から、再び大人の国に戻っていくのではないでしょうか。