「スマートグリッド」とは何だろう?

 「スマートグリッド」という言葉は、昨年からたびたび耳にするようになりました。「スマートグリッド」の普及によって、あたかも社会が大きく変わり、ビジネスのチャンスもどんどん生まれるかのように言われているのですが、一方でいったい何のことなのやらピンと来ないというのが本音です。今週、遅まきながら「スマートグリッド」について、本を2冊読んでみました。


■「スマートグリッド入門 次世代エネルギービジネス」
 福井エドワード著 

 2009年12月に出ている新書です。スマートグリッドをめぐる全体像が把握できます。ちなみに、タイムリーに出版するためにずいぶんと急いだのか、やたらと誤字の多い本です。
 縦書きの新書というスタイルのため、内容が文章の羅列になっており、特に縦書きの数字はわかりにくいので(加えてあちこち単位まで間違えている)、ポイントをわかりやすく整理しようとすると、自分でノートなどにまとめる作業が必要でしょう。


■図解! スマートグリッド革命の衝撃」 洋泉社MOOK
 こちらは、出版されたばかりの本です。図解されているので、とっつき易い本なのですが、内容はバラバラの記事の寄せ集めです。断片的でも、浅く幅広くトピックをおさえたい人には良い本でしょう。


 さて、この2冊の本を読んでみると、何がトピックになっているかについては、何となく分かった気がしてきます。一方で、「スマートグリッド」を巡るトピックは、どの視点から考えるかによっていくつもの切り口があり、それが国・地域の事情によっても異なっているため、全体としてつかみどころがない印象になっているようです。

 「スマートグリッド」は、知能的な「電力網」なわけですが、それでは既存の電力網からいったい何を変えるのかと言うと、大きくは下記の2点だと思います。

・単なる「エネルギー」の供給に加え、「情報」の伝達の役割が加わること
・エネルギーの供給が、発電所から需要家への一方通行の流れから、インターネットのような双方向で分散型のものに変わること。


 これがどうしてそんなに重要かと言うと、これによって、下記のような、時流にあったテーマが可能になるからです。

1) 需要家と供給側の間で情報のやりとりができるため、需要に合わせて、電力供給を細かくコントロールすることができ、省エネとなる。

2) 特に、電力の需要がピークになる時間帯にあわせ、需要側の電力消費をコントロールすることができる。例えば、夏の日の午後に工場設備を止める、お湯は夜に沸かしておく、など(これをDEMAND RESPONSEと呼ぶ)。これにより、瞬間的なピーク需要に合わせた大きな発電設備が必要なくなり、電力需要の増加に伴って続く発電所への巨大な設備投資を圧縮できる。

3) 太陽光や風力などの新エネルギーを電力網にのせることができる。今までの、一方方向の電力供給に合わせて設計された電力網では、太陽光発電などによる不安定な電力の供給を、末端で取り入れ、双方向に電気を流すことが困難。

4) 需要家の電力消費が「見える化」されることにより、省エネの推進がしやすくなる。例えば、家庭に据え付けたモニターに家庭内の各機器の電力消費量が表示される。

5) 電力網を絶え間なく監視するることにより、信頼性が向上し、停電のリスクも低減できる。

6) 分散型のネットワークになることにより、テロなどに対する安全性が高まる。


 しかし、これら列挙されたメリットをみても、「これは」といったインパクトのあるものは見当たりません。この中では、具体的な経済的な効果が目に見えそうで「なるほど」と思えるのは、2)のDEMAND RESPONSEです。ですが、これもベネフィットは、電力の供給側(電力会社)にあって、ユーザーにとっては、あまりメリットを感じることができないでしょう。

 アメリカでは、オバマ政権のグリーンニューディールによって、スマートグリッド関連に、政府・民間合わせ8,000億円の投資が行われるということですが、アメリカの場合、既存の電力網が老朽化しており、日本ほど信頼性が高くなく、いずれにせよ設備投資が必要であった、という事情があります。上記では5)にあたります。ニューヨークなどで大きな停電が起こっていたことは記憶に新しいでしょう。
 つまり、いずれにせよ景気対策で財政投資を行うのだから、将来的な相乗効果も期待でき、環境の面での大きなストーリーにも整合性のある、次世代電力網にこの機会に投資しようか、というのが背景なのでしょう。


 日本の場合を見ると、電力網は設備投資が継続して行われており、信頼度が高く、電力のロスの少なさも世界トップレベル、ということで、供給側から見ると、スマートグリッドを採用していくモチベーションが少ないようです。
 3)にある「新エネルギーの取り込み」も、既存の電力会社からすると、せっかく発電所→需要家という一方向の電力供給における究極のシステムをつくりあげてきているのに、そこに発電量も少なく不安的な新エネルギーを取り込んで全体のシステムを不安定にさせるのは、「百害あって一利なし」というのが本音でしょう。
 また、ユーザーの立場から見ると、直接的なメリットはほとんど見えません。唯一あるのは、上記の4)「エネルギー消費の見える化」なのですが、ふーん、という程度で、これに積極的に価値を認めてくれる(=つまり自分のお金を払ってくれる)お客様が多くいるとは思えません。


 今、スマートグリッドを最も歓迎し、素早く動いているのは、公共投資のお金に群がり、これをビジネスにして儲けたいと画策する周辺の産業界でしょう。スマートメーターなどの機器メーカーや、通信関連の業者、そこにさまざまなソフトやサービスのアプリケーションを提供する会社が、他社よりも一刻でも早く儲けるビジネスモデルをつくろうと、うごめいています。さらに彼らに資金を投資するベンチャーキャピタルも、ここでひと儲けしようと集まっています。
 電力網が分散型・情報型に変わるという変革は、かつてのインターネット革命というモデルを経験してきた人たちには、非常にイメージがしやすいようです。つまり、インターネット関連でビジネスをしてきた人たちの間では、いちいちその意義やリターンの可能性について説明をしなくても、共通の経験・常識・価値観を踏まえて、阿吽の呼吸でビジネスが進められるわけです。インターネットで儲けた人、あるいは儲けそこねた人たちが、このスマートグリッドでもう一花咲かせよう、と画策しているのが今の状態なのでしょう。
 この感覚は、「モノ」をつくることを主眼にしてきた日本のメーカーには共有しにくいものだと思います。日本のモノづくりメーカーは、この分野に多くの技術は持っているわけですが、ビジネスとしての共通価値観を共有していないために、この流れの蚊帳の外となってしまう可能性が大だろうと思います。


 こう見てくると、スマートグリッドとは、公共投資頼みをベースにした、実態のないバブルによる一時的な盛り上がりかとも思えそうですが、それでは、スマートグリッドには意味がないのかと言うと、そんなことはありません。CO2削減のためにも、エネルギーの石油偏重からの脱却のためにも、また国家の安全保障のためにも、国レベル、あるいは地球レベルでは、確実にスマートグリッドが必要なインフラになります。
 しかし、それが電力供給側にとっても、需要家側にとっても経済的には魅力を感じられないものである以上、推進役としての国の役割は非常に重要になるでしょう。
 家電や自動車、インターネットのように、旺盛な需要からスタートして、経済学のモデルにのっとって成長してきた産業分野とは異なり、この分野では、需要・供給の単純なモデルからの発想ではなく、地球環境という視点からの国レベル(あるいは地球レベル)での政策が主導する成長モデルが描かれなければならないと思います(果たしてそのようなものがあり得るかどうかはわかりませんが。。)。

図解!スマートグリット革命の衝撃 (洋泉社MOOK)

図解!スマートグリット革命の衝撃 (洋泉社MOOK)