工業製品の「見えない美しさ」?

 WEB上に以下の記事がありました。

「大盛況」の東京モーターショーを憂う 未来を描き、世界の技術をリードする日は再び来るのか(5/6) | JBpress(日本ビジネスプレス)


 記事自体は、勝手に憂いているだけの表層的な内容なのであえて特筆することはないのですが、そこにひとつ面白い指摘があることに注意が惹かれました。

 モーターショーに展示されていた、レクサスの外殻を取り除き内部構造を見せたモデルが「美しくない」、という指摘です。


 おそらくトヨタとしては、外殻を取り去り、外からは見えない隠れた技術を見せることによって、技術面での自信をアピールしたかっただけのはずですので、まさか狙っていた技術面ではなく、審美面で酷評されるとは予想すらしていなかったことでしょう。


 「つくり手側の創造性が、つまり、それぞれの機能や素材に応じて「美しい設計」をしたい、という思いがまったく表れていないこと。
 ディテールが雑で、しかも部分から全体に至るまで整理がついていないことが、この雰囲気を生み出している。」
 



 製品を設計するにあたって、「美しい設計」などという曖昧な(超文系的な)要素は、もともと設計時に設定されている要件には入っていません。エンジニアからすれば、なんてピント外れなことを言い出すのだろう、と感じることでしょう。
 しかし、この指摘は、日本メーカーの製品を欧州メーカーのそれと比較する場合、意外に本質的なポイントを突いているのではないかと思います。

 私は仕事上、欧州メーカーの家電製品の内部構造を見たり、製品を半分にぶった切って断面を比較したりすることがあるのですが、その時にいつも感じるのは、ドイツメーカーの製品の内部構造のすっきりした美しさです。私自身が技術者ではないので、技術的なポイントではなく、どうしてもそうした定性的な部分に目がいってしまうのだと思います。


 総じて、日本メーカーの製品は内部がゴチャゴチャしています。ケーブルがあちこち引き回されていたり、構造がつぎはぎになっていたり、ラインがまっすぐでなくでこぼこ曲がっていたりと、とにかく美しくありません。
 それに対して、ドイツメーカーの製品は、その内部もまずシンプルですっきりしています。部品点数も少ないようですし、加工プロセスも少ないように見えます。



 そこに垣間見えるのは、まず、ものづくりのプロセスの違いでしょう。

 日本メーカーは、設計開発・製造のプロセスの中で、次々と起きる問題に対して、開発や製造の現場レベルでいくつも問題解決を繰り返しながら、製品を完成させていきます。その結果、さまざまな付属部品が加えられたりするなど、いくつもの修正を経た結果、最終製品の内部構造は見るからに複雑なものに仕上がっていきます。

 一方で、ドイツメーカーの製品を見ると、設計の初期段階において、すでに全体構造=全体から部分への整合性が、ディテールまで固められていて、部分部分の設計においては、ただ決められた全体像に従って設計の業務を遂行していくだけ、という感じを受けます。日本メーカーのように「行きつ戻りつ」のすり合わせで、ギリギリまでパフォーマンスを上げていくというこだわりはなく、あっさりとしたものづくりをしていることが想像されます。この結果、ドイツメーカーの製品は、シンプルでミニマルになっているのでしょう。 



 次に、垣間見えるのは、美意識の違いです。

 製品の「外観デザイン」はデザイナーの領域であり、意識的に美しくデザインしようとすれば、そうすることができます。しかし、内部構造は、エンジニアの領域であり、そこを美しくするかどうかはひとえにエンジニア個人の意識にかかっています。
 しかし、どこの国のエンジニアでも、「美しく設計しよう」となどは決して考えていないわけであり(エンジニアにそんな余裕を与えているメーカーは殆どないでしょう)、その結果、内部構造の見栄えにはエンジニア個人の美意識が、無意識にあらわれてくることになります。

 日本メーカーの製品を見ると、おそらく、日本のエンジニアには、製品の内部構造の見栄えがゴチャゴチャすること、つぎはぎになることに対してのアレルギーがない、ということが想像されます。そこに何の問題があるの?という感じでしょう。
 一方で、ドイツメーカーの製品を見ると、すっきりと無駄のないものにしたい、というエンジニアの思いが無意識にあるように思えます。たとえ外から見えなくとも、ゴチャゴチャになるのは許せない、すっきりと整理された状態になっていなければいけない、という脅迫観念があるのではないでしょうか。



 これは、日本とドイツの「街並み」に典型的に表れているのかも知れません。日本では、個別最適でバラバラに家がたち、全体の景観の整合性がとれずカオス状になっていようとも、多くの日本人はそこに何の違和感も感じていません。一方で、ドイツの街並みは、個別最適より全体としての整合を重視しています。
 毎日、どんな街並みを眺めているかの違いは、設計されてくる製品の見栄えにも無意識に反映されてくることでしょう。

 またこれ以外にも、日本とドイツの製品には、重量感・堅牢感への意識の違いも明確にあらわれています。


 おそらく多くの日本人は、日本の製品は「匠の世界」で、外からは見えない細部にまで、こだわりと心配りをもって作られている一方、欧米のモノづくりは大雑把である、という印象を持たれているでしょう。
 それは一面事実です。
 しかし、それだけではないのです。
 まったく違う視点・価値観でモノをみている人たちにとっては、日本の製品はどうでもいいことに心を配り、もっと重要でクリティカルな面でNGとみられているのかも知れないのです。