「外交官が見た『中国人の対日観』」 道上尚史著

 
 昨日、新刊で出ているのを本屋で発見して、今日の夜に一気に読んでしまいました。
 著者は、外交官としてかつて韓国に赴任し、当時の韓国での経験を「日本外交官、韓国奮闘記」という本にまとめられています。私は10年近く前に、この本を読んで、外交官もここまでやっているのか、といたく感心した記憶があります。

  私自身、学生時代まず韓国に留学し、就職してからは、今度は留学・仕事で数年間中国に滞在しましたので、常にその国の言語を使って一般の人とつきあうことを通じて、日韓・日中関係の生の姿に対峙してきてました。また、日韓・日中といった2国間の関係だけでなく、それらを相対的に比較しながら見る癖がついています。

 今回、かつて韓国で闘ってきた著者が、今度は中国に挑む、ということで、中国ではいったいどのような闘いを繰り広げるのか、興味を持って読んでみたわけです。

 まず感じたのは、以前の韓国に関する本(「韓国奮闘記」)が、ずっしりとヘビーな内容だったのに対して、今度の中国に関する本は、非常に浅く、表層的な内容だな、ということです。
 本のテーマ自体が、外交官が「見た」中国人の対日観ですし、韓国での「奮闘記」とは深さが違うのでしょう。
 「韓国奮闘記」においては、著者は、日本に対する誤解や偏見に対して、韓国語を駆使して正面から闘っていくわけなのですが、こちらの本では、ヒアリングをして聞いた内容を紹介しているレベルです。中国の人たちとがっぷり四つに勝負しているわけではありません。
 その背景には、著者がそこまで中国語を駆使できないことに加え、韓国とは異なり中国では言論に対するコントロールが存在している、ということも要因にはあるのでしょう。


 とはいえ、著者の中国の人たちのものの考え方に対する洞察は、正確だと思います。
 日本にいて、中国という社会のダイナミズムを理解することは極めて困難です。
 まず、中国と言う国の文化的・文明的特殊性(文化を母体にした民族主体の国家ではなく、一つの文明を中心とした国家としての特性)がベースにあり、そこに西側社会とは異なる社会主義国家におけるルール・考え方が乗っかり、さらにそこに、共産革命、大躍進、文革、改革開放といった中国の特殊な現代史の背景が加わっています。

(これらについて語っていくと長くなりますが、過去に断片的に書いた内容はこちらです。 
 http://d.hatena.ne.jp/santosh/20100123/1264263115
 http://d.hatena.ne.jp/santosh/20100316/1268781679 )


 その国に身をおいていなければ、こうした中国という国、あるいはそこに住む人たちを動かしているものを理解することは困難です。
 最近は、本屋に行けば、中国に関する本が多く並んでいますが、その多くは、日本や、西側諸国の視点・切り口で、中国と言う国を乱暴に切り刻んで論じているトンデモ本がほとんどです。こうした本はまずわかりやすいので、一般受けします。TVを見ていてもそうした番組が多くあります。ですが、物事はそんなにシンプルではありません。アメリカ人の価値観で日本を論ずることが乱暴であるように、日本人の価値観で中国を論ずることなど自己満足でしかないのです。

 著者は、こうした中国の状況を的確に踏まえたうえで、中国人の価値観について洞察しています。特に本の後半にそうした洞察がまとめらているのですが、その方向性は同感できるものです。

しかしながら、著者の書く内容は、バランスがとれたものであるが故に、巷にあふれるトンデモ本にように、物事を分かりやすくぶった切ってはくれません。よって、多くの人にとって、読んでもいまいち何が言いたいのかわからなかった、ということになる可能性は高いと思います。
 ちなみに、ものごとを客観的にバランス良く記述しようとすればするほど、わかりにくくなってしまうという事実 − これをきちんと認識できるかは、日本の人々の文化的成熟度を図るモノサシだと思います。この点で進んでいるのは欧州の人々、遅れているのはアメリカや中国の人たちだと感じています。

 この本で紹介される内容はシンプルにはわかりにくい、とは言うものの、昨今の日本のマスコミ報道では、中国における「反日」の面ばかりがハイライトされている状況がありますので、実際の中国の人々の意識はそんなにシンプルではない、ということがわかるだけでも意義は大きいかも知れません。中国の人たちは一枚岩で同じ思想に固まっているわけではありません。少なくとも日本人よりは、はるかに多様でバラバラな考えを持っていて、意見をひとつにまとめさせることが難しい人たちです。「反日」と言ってもそのとらえかたは、地域や個人によって大きく異なります。私は、韓国における反日と、中国における反日では、まるでレベルが違っていると、肌身で感じています。

 今後、こうした理性を持ってバランスのとれた言論が、日中ともに増えてくることを願いたいと思います。著者が言うように、まずは人一人ひとりのレベルで相手をありのままに知ることが一番重要なのですから。